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にったじんじゃ

新田神社のお参りの記録(1回目)
鹿児島県上川内駅

投稿日:2026年01月27日(火) 19時25分25秒
参拝:2026年1月吉日
薩摩国一之宮である新田神社にあがらせていただきました。
鹿児島県川内市の神亀山に鎮座されています。

拝殿近くまで車で進むこともできる(多くの方はそうされている)のですが、折角なので二の鳥居近くの駐車場に車を停めて、200m以上の距離があるなが~い石段を歩いて上がってみました。
そこまで急な石段ではないのですが、やはりゆっくり登らないと息が上がってしまいますね😅

石段を登り切ったところに突如現れる拝殿(正確には勅使殿)があり、あまり広いスペースではないため多くの参拝者で溢れかえっていてました。
参拝後、御朱印をいただこうと社務所に行くと社務所では御朱印は対応されていない様子。
参拝者が混みあう中、どこだろう?とキョロキョロしていると拝殿向かって右隣に小さな受付があり、そこで書き手の方がお一人で対応されていました。
寒い中、ご苦労様です。

御朱印も無事に拝受でき、さてどうしよう?と思っていると「可愛山陵」を案内する看板が目に飛び込んできました。 事前の予備知識もなく「可愛山陵」ということは誰かの陵墓か?くらいの気持ちでお参りしたのですが、なんとここは邇邇杵尊の御陵なのだそうです。
もともとは新田神社にて管理されていたようなのですが、現在は宮内庁管理なのだとか。
見逃さずにお参りして良かった。

その他にも見どころたくさんありました。
参道の石段途中にある樹齢二千年と伝えられる大楠や、子抱き狛犬、そしてがらっぱ大明神(イザナギ河童とイザナミ河童)など。

ちなみに冒頭にも書きましたが、駐車場は拝殿近くと二の鳥居近くにあります。
拝殿近くに停めればほとんど石段を登ることなくお参りできるのですが、お正月などは皆さんその駐車場を目指すため駐車場待ちで渋滞になっていました。
体力に心配がないなら、二の鳥居近くに車を停めて石段を登って参拝されることをお勧めします。

<御祭神>
 本祀一座 天津日高彦火瓊瓊杵尊
 本祀二座 天照皇大御神
      正哉吾勝々速日天忍穂耳尊

<御由緒>~新田神社HPより~
古い言い伝えによりますと、遠い神代の昔、高天原(たかまのはら)にいらっしゃいました太陽の神様アマテラス大神様が孫にあたるニニギノミコト様に私たちの住んでいる地上の世界を治めるようにお命じになりました。その時に稲穂をいっしょにお持ちしてお米をつくるようにおっしゃいました。『斎庭稲穂の神勅(ゆにわのいなほのしんちょく)』といいます。そこでニニギノミコト様はたくさんの神様をおつれになり今の鹿児島県の霧島にあります高千穂(たかちほ)峯におりられました。『天孫降臨(てんそんこうりん)』
そこではじめてお米をお作りになり、続いて同じく今の鹿児島県の南さつま市にあたる笠狭宮(かささのみや)にうつられ、山の神様の娘であり大変美しいコノハナサクヤヒメ様と結婚されてその後、海路東シナ海を北上されて川内の地にこられました。川内にお着きになられたニニギノミコト様は、この地に立派な「千台(うてな)」すなわち高殿を築いてお住まいになりました。川内(せんだい)の名はこの「千台」からきています。
やがてニニギノミコト様はおなくなりになられて、お墓がつくられました。これが今の「可愛山陵(えのみささぎ)」です。そしてそのニニギノミコト様をおまつりするようになったのが新田神社のはじまりといわれています。もともとは社殿がなくお山そのものが神社であったとも伝えられ、新田神社の「新田」という名前には、ニニギノミコト様が川内の地に川内川から水を引いて新しく田んぼをおつくりになったという意味がこめられています。新田神社の名前が古文書ではじめてでてくるのは平安時代で、当時は「新田宮」と称していました。このころには薩摩国(さつまのくに)の守り神様として朝廷からも深い信仰をうけていました。
今から八百年程前、承安三年に火災があり、それまでお山の中腹にあった社殿が焼け失せてしまいましたが、この時も朝廷や幕府に伺いをたてまして現在の山頂に再興されました。島津氏が薩摩国に封じられましてからは歴代藩主の崇敬は殊に厚く、四百年前の慶長年間に島津義久公により現社殿のもととなるものが造られました。
明治時代にはいりましてからは、皇室の御崇敬を賜り、明治十八年に国幣中社となり、大正九年に昭和天皇様が皇太子の時御参拝いただきましてより皇族の方の参拝が九度におよんでいます。
新田神社(鹿児島県)
新田神社(鹿児島県)
午年限定御朱印
新田神社(鹿児島県)
箔押し特別御朱印
新田神社(鹿児島県)
二の鳥居
一の鳥居はここから700mほど南にあるようでした
新田神社(鹿児島県)
二の鳥居の先にある降来橋
新田神社(鹿児島県)
新田神社(鹿児島県)
さて、なが~い石段の参道を登りますよ!
まずは登り始めてすぐ両脇には、西門守神社と東門守神社があります
新田神社(鹿児島県)
途中で少し開けたところに出ます。
ここには末社の早風神社、中央神社、高良神社。
新田神社(鹿児島県)
そしてこの辺りに旧社殿があったようですが、御由緒にも書かれていたように火災で焼失しまい、その礎石がここに保存されていました。
ただ、その肝心な礎石の写真を撮るのを忘れていました😅
新田神社(鹿児島県)
さて気を取り直して、再び石段を登ります
新田神社(鹿児島県)
ようやく拝殿(勅使殿)です
新田神社(鹿児島県)
新田神社(鹿児島県)
彫刻も施されています
昔はもっと色鮮やかだったんでしょうね
新田神社(鹿児島県)
新田神社(鹿児島県)
新田神社(鹿児島県)
新田神社(鹿児島県)
手水
新田神社(鹿児島県)
子抱き狛犬
新田神社(鹿児島県)
新田神社(鹿児島県)
可愛山陵
新田神社(鹿児島県)
可愛山陵前から見た本殿
新田神社(鹿児島県)
可愛山陵前に立つ大木
幹が空洞になっていてとても神秘的な様相でした
新田神社(鹿児島県)
御神木の大楠(北側から)
新田神社(鹿児島県)
御神木の大楠(南側から)
新田神社(鹿児島県)
大楠の説明を読んでいると、
「地上2mのところに大穴牟遅神(大国主の若き頃の名)の木像が彫刻してあります」と書かれていたので探してみたのですが・・・
新田神社(鹿児島県)
どこに彫刻があるのかわからず・・・
それよりもこの写真中央部が誰かの横顔のように見えるのは私だけでしょうか?
新田神社(鹿児島県)
がらっぱ大明神
新田神社(鹿児島県)

すてき

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