いわしみずじんじゃ
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楽しみ方石清水神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年09月19日(金) 22時34分49秒
参拝:2025年8月吉日
高松市からさぬき市までやってきました。
津田の松原(県立琴林公園)は海水浴場で 砂浜が1kmほど続いています。
海水浴客もおられて この暑い日にご家族で楽しんでおられました。
爺には直射日光だけでもしんどいです。
本当に広い砂浜ですが 驚いたことに ここに御旅所がありました。
さて海岸から石清水神社へ向かいます。
道を渡ると大鳥居があります。
鳥居の横には歌碑がありました。
この字は 隋神門の扁額を書かれた人の字だそうです。
参道には熊手がいくつも立てかけてあって 参拝者が参道を整えるお勤めができるようになっていました。
途中隋神門を通って 拝殿まで200mほどでした。
海のそばということで 木造建築物は傷みやすいと思うのですが 隋神門も拝殿も傷んでいなくてとても立派でした。
拝殿前の狛犬ですが 一般的に狛犬が高麗犬なのに こちらは日本狼だそうです。
珍しいですね。初めて見ました。
拝殿から本殿に通じる部分には格子戸があって それ以上は進めません。
ですが格子戸なので中の様子は拝見できました。
ご挨拶がすんでから 本殿裏手にある境内社を巡りました。
お名前が書かれていないので どちらの神様かは分かりませんでした。
石の祠も複数ありました。
社務所で御朱印をいただく際 宮司様がいろいろとお話をしてくださいました。
その一つが 歌碑と隋神門の扁額を書いた方が同じであることでした。
誰だったかは忘れました。(恥)
最後に境内にあった加茂神社にお詣りしました。
境内末社なのか摂社なのか分かりませんので別登録にはしません。
鳥居も水盤もあり 他の末社よりはずいぶん立派でした。
すぐお隣に道の駅がありましたので そちら側の鳥居から失礼しました。
ネット情報です。
津田石清水神社(津田八幡宮)は「津田の松原」の中にある神社。
地元では「津田の八幡さん」と呼ばれて親しまれ 創建から1100年以上の歴史があります。
古くは難波津(ナニワヅ)と呼ばれ 海外では朝鮮半島と国内では幾内(大和朝廷)などと
交易のあった津田浦の氏神社で 仁和年間(885〜888) 山城国(京都男山)石清水八幡宮の分霊を勧請 現在地の西方にある雨滝山麓に津田八幡宮として鎮座した。
雨滝城主安富氏の保護も篤かったと伝える。
御祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと) 息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと) 玉姫命(たまひめのみこと)の3柱。
五穀豊穣や安産の御利益のほか 海に近いことから海上安全の神さまとしても信仰されています。
天正11年(1583) 長宗我部軍の兵火により衰退したが 文禄元年(1592年)8月に再興した。
この後 慶長5年(1600年) 現在の地に遷座した。
跡地は御座殿池という名のため池となっている。
明治5年 現在の石清水神社と改称した。
県下最大の海水浴場である津田の松原は琴林公園とも呼ばれ その昔は高松城主・松平氏の
領地であった5万坪の土地に神域として氏子が日向松の苗を植えたのが津田の松原の始まりだと言われている。
社はその松原の中にあり 階段が全くない平地に社を構えているため参拝も容易にでき 道の駅が隣接しているため 車でのアクセスも楽である。
又 珍しいことに社の狛犬は日本狼である。
津田石清水神社は夏至の日の出の方角を向いているそうですが 御旅所の正面に立つと目の前に見える島もほぼ一直線上にあります。
こちらも神聖な島なのかもしれません。
津田の松原(県立琴林公園)は海水浴場で 砂浜が1kmほど続いています。
海水浴客もおられて この暑い日にご家族で楽しんでおられました。
爺には直射日光だけでもしんどいです。
本当に広い砂浜ですが 驚いたことに ここに御旅所がありました。
さて海岸から石清水神社へ向かいます。
道を渡ると大鳥居があります。
鳥居の横には歌碑がありました。
この字は 隋神門の扁額を書かれた人の字だそうです。
参道には熊手がいくつも立てかけてあって 参拝者が参道を整えるお勤めができるようになっていました。
途中隋神門を通って 拝殿まで200mほどでした。
海のそばということで 木造建築物は傷みやすいと思うのですが 隋神門も拝殿も傷んでいなくてとても立派でした。
拝殿前の狛犬ですが 一般的に狛犬が高麗犬なのに こちらは日本狼だそうです。
珍しいですね。初めて見ました。
拝殿から本殿に通じる部分には格子戸があって それ以上は進めません。
ですが格子戸なので中の様子は拝見できました。
ご挨拶がすんでから 本殿裏手にある境内社を巡りました。
お名前が書かれていないので どちらの神様かは分かりませんでした。
石の祠も複数ありました。
社務所で御朱印をいただく際 宮司様がいろいろとお話をしてくださいました。
その一つが 歌碑と隋神門の扁額を書いた方が同じであることでした。
誰だったかは忘れました。(恥)
最後に境内にあった加茂神社にお詣りしました。
境内末社なのか摂社なのか分かりませんので別登録にはしません。
鳥居も水盤もあり 他の末社よりはずいぶん立派でした。
すぐお隣に道の駅がありましたので そちら側の鳥居から失礼しました。
ネット情報です。
津田石清水神社(津田八幡宮)は「津田の松原」の中にある神社。
地元では「津田の八幡さん」と呼ばれて親しまれ 創建から1100年以上の歴史があります。
古くは難波津(ナニワヅ)と呼ばれ 海外では朝鮮半島と国内では幾内(大和朝廷)などと
交易のあった津田浦の氏神社で 仁和年間(885〜888) 山城国(京都男山)石清水八幡宮の分霊を勧請 現在地の西方にある雨滝山麓に津田八幡宮として鎮座した。
雨滝城主安富氏の保護も篤かったと伝える。
御祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと) 息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと) 玉姫命(たまひめのみこと)の3柱。
五穀豊穣や安産の御利益のほか 海に近いことから海上安全の神さまとしても信仰されています。
天正11年(1583) 長宗我部軍の兵火により衰退したが 文禄元年(1592年)8月に再興した。
この後 慶長5年(1600年) 現在の地に遷座した。
跡地は御座殿池という名のため池となっている。
明治5年 現在の石清水神社と改称した。
県下最大の海水浴場である津田の松原は琴林公園とも呼ばれ その昔は高松城主・松平氏の
領地であった5万坪の土地に神域として氏子が日向松の苗を植えたのが津田の松原の始まりだと言われている。
社はその松原の中にあり 階段が全くない平地に社を構えているため参拝も容易にでき 道の駅が隣接しているため 車でのアクセスも楽である。
又 珍しいことに社の狛犬は日本狼である。
津田石清水神社は夏至の日の出の方角を向いているそうですが 御旅所の正面に立つと目の前に見える島もほぼ一直線上にあります。
こちらも神聖な島なのかもしれません。

津田の松原へ

南側の鳥居

七福神の松というものもありました

海岸に御旅所がありました

東向き

西向き

海水浴客がけっこういました

一の鳥居

社号の石柱

歌碑

隋神門


隋神門の扁額

ずいぶん古いです


手水舎

こちらは新しいです


拝殿

日本狼の狛犬




拝所 奥に本殿

扁額

内陣

本殿 裏から

社務所

境内社の鳥居

境内社 不明

境内社 不明

境内社 不明

石の祠が複数

境内社 天満宮・諸神宮・春日宮

境内社 稲荷社・瑜伽社・農牛社

加茂神社

水盤

本殿


由緒書

境内案内図
すてき
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くるくるきよせん3062投稿
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