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2024年11月20日(水) 10時26分 by神祇伯
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768-0040
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延喜式に讃岐国苅田郡六座の一社として記載されている式内社。 創祀年代は不詳。御祭神は、山田大娘神・大己貴神・素盞嗚神・月読神。山田大娘神は、第27代安閑天皇の皇后である春日山田皇女。 往古より柞田一郷の大社として崇敬され、古くは中河原の地、もう少し柞田に近い場所に鎮座したが、いつの時代か現在地に遷座。 旧地には今なお神事に用いられる井戸がある。また、中河原の近くには松尾神社と呼ばれる石祠が祀られている。 柞田村には、黒淵・山田尻・北岡・大畑の四村が属し、当社は黒淵村に鎮座し、『西讃府志』によれば、「山田は黒淵の旧名」という。 黒淵村の後に連なる村を山田尻というのはこのため。山田とは、春日山田皇女の山田で、皇女の御名代地だったことにちなむ。 『大日本神名辞書』によれば、皇女は子に恵まれず、その名が滅ぶのが悼まれ、匝布屯倉が置かれ、当社での祭祀となったとしている。 鎮座地は、古くは苅田郡だが、その後豊田郡と呼ばれたため、当社も豊の社とも呼ばれていたという。 江戸時代には山田大明神と称され、前期の貞享4年(1687年)、元禄8年(1695年)、中期の延享5年(1748年)、宝暦7年(1757年)、後期の文政3年(1820年)の造営の記録が残る。 明治5年(1872年)に郷社に列し、明治40年(1907年)には神饌幣帛料供進神社に指定された。
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延喜式に讃岐国苅田郡六座の一社として記載されている式内社。 創祀年代は不詳。御祭神は、山田大娘神・大己貴神・素盞嗚神・月読神。山田大娘神は、第27代安閑天皇の皇后である春日山田皇女。 往古より柞田一郷の大社として崇敬され、古くは中河原の地、もう少し柞田に近い場所に鎮座したが、いつの時代か現在地に遷座。 旧地には今なお神事に用いられる井戸がある。また、中河原の近くには松尾神社と呼ばれる石祠が祀られている。 柞田村には、黒淵・山田尻・北岡・大畑の四村が属し、当社は黒淵村に鎮座し、『西讃府志』によれば、「山田は黒淵の旧名」という。 黒淵村の後に連なる村を山田尻というのはこのため。山田とは、春日山田皇女の山田で、皇女の御名代地だったことにちなむ。 『大日本神名辞書』によれば、皇女は子に恵まれず、その名が滅ぶのが悼まれ、匝布屯倉が置かれ、当社での祭祀となったとしている。 鎮座地は、古くは苅田郡だが、その後豊田郡と呼ばれたため、当社も豊の社とも呼ばれていたという。 江戸時代には山田大明神と称され、前期の貞享4年(1687年)、元禄8年(1695年)、中期の延享5年(1748年)、宝暦7年(1757年)、後期の文政3年(1820年)の造営の記録が残る。 明治5年(1872年)に郷社に列し、明治40年(1907年)には神饌幣帛料供進神社に指定された。
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山田大娘神,大己貴神,素盞嗚神,月讀神
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山田大娘神 大己貴神 素盞嗚神 月讀神
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不詳
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不詳
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不詳