やまだじんじゃ
山田神社の編集履歴
郵便番号
768-0040
ご由緒
延喜式に讃岐国苅田郡六座の一社として記載されている式内社。
創祀年代は不詳。御祭神は、山田大娘神・大己貴神・素盞嗚神・月読神。山田大娘神は、第27代安閑天皇の皇后である春日山田皇女。
往古より柞田一郷の大社として崇敬され、古くは中河原の地、もう少し柞田に近い場所に鎮座したが、いつの時代か現在地に遷座。
旧地には今なお神事に用いられる井戸がある。また、中河原の近くには松尾神社と呼ばれる石祠が祀られている。
柞田村には、黒淵・山田尻・北岡・大畑の四村が属し、当社は黒淵村に鎮座し、『西讃府志』によれば、「山田は黒淵の旧名」という。
黒淵村の後に連なる村を山田尻というのはこのため。山田とは、春日山田皇女の山田で、皇女の御名代地だったことにちなむ。
『大日本神名辞書』によれば、皇女は子に恵まれず、その名が滅ぶのが悼まれ、匝布屯倉が置かれ、当社での祭祀となったとしている。
鎮座地は、古くは苅田郡だが、その後豊田郡と呼ばれたため、当社も豊の社とも呼ばれていたという。
江戸時代には山田大明神と称され、前期の貞享4年(1687年)、元禄8年(1695年)、中期の延享5年(1748年)、宝暦7年(1757年)、後期の文政3年(1820年)の造営の記録が残る。
明治5年(1872年)に郷社に列し、明治40年(1907年)には神饌幣帛料供進神社に指定された。
編集前:延喜式に讃岐国苅田郡六座の一社として記載されている式内社。
創祀年代は不詳。御祭神は、山田大娘神・大己貴神・素盞嗚神・月読神。山田大娘神は、第27代安閑天皇の皇后である春日山田皇女。
往古より柞田一郷の大社として崇敬され、古くは中河原の地、もう少し柞田に近い場所に鎮座したが、いつの時代か現在地に遷座。
旧地には今なお神事に用いられる井戸がある。また、中河原の近くには松尾神社と呼ばれる石祠が祀られている。
柞田村には、黒淵・山田尻・北岡・大畑の四村が属し、当社は黒淵村に鎮座し、『西讃府志』によれば、「山田は黒淵の旧名」という。
黒淵村の後に連なる村を山田尻というのはこのため。山田とは、春日山田皇女の山田で、皇女の御名代地だったことにちなむ。
『大日本神名辞書』によれば、皇女は子に恵まれず、その名が滅ぶのが悼まれ、匝布屯倉が置かれ、当社での祭祀となったとしている。
鎮座地は、古くは苅田郡だが、その後豊田郡と呼ばれたため、当社も豊の社とも呼ばれていたという。
江戸時代には山田大明神と称され、前期の貞享4年(1687年)、元禄8年(1695年)、中期の延享5年(1748年)、宝暦7年(1757年)、後期の文政3年(1820年)の造営の記録が残る。
明治5年(1872年)に郷社に列し、明治40年(1907年)には神饌幣帛料供進神社に指定された。
ご祭神/ご本尊
山田大娘神
大己貴神
素盞嗚神
月讀神
編集前:山田大娘神,大己貴神,素盞嗚神,月讀神
創立
不詳
創始者/開山・開基
不詳
ご神体
不詳