たわじんじゃ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方多和神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年06月10日(水) 21時29分55秒
参拝:2026年5月吉日
この参拝はGWです。
高野山での参拝を終えて まだGWのお休みが残っていましたので 四国に行きました。
香川県がもう少しで「青」(100投稿)にできるからです。
多和神社は香川県さぬき市にある神社です。
こちら多和神社は 以前から参拝予定の神社でしたが 道がよく分からず後回しになっていました。
カーナビの言う通りに車を走らせていたのですが 全然違う場所に案内されました。
山の裏側でした。
「なんじゃこれ」と文句を言い 今度は多和神社の駐車場をセット。
山をぐるっと回って行くのですが 今度はけっこう怖い思いをさせられました。
Googleマップでは分かりにくいのですが 小さい車が通れるぎりぎりの道で 左は壁 右は崖になっている上り坂を通らされました。
下りは見通し悪くなるでしょ。
「どうやって帰るねん」って文句言いながら車を進めました。
途中ですれ違った親子に 「この先に神社ってあります?」と尋ねますと 「うん この先にあるよー」男の子が元気に答えてくれましたので安心できました。
駐車場に車を停め ほっと一息。
坂を上がると参道でした。
一度鳥居まで戻り 写真を撮ってから隋神門をくぐりました。
隋神門の先 石段手前を工事されていました。
新しい土を入れて平らにならしていらっしゃいました。
宮司様かな?と思いながらご挨拶をしますと 「どちらから?」と聞いてくださいました。
「神戸からです」と答えますと 「遠くからご苦労さまです」と。
四国の寺社参拝すると 多くの場所で「どちらから」と尋ねられ 必ず「ご苦労さま」と言ってくださいます。
もちろん四国だけのことではないですが こういう言葉のやりとりってありがたいです。
私は膝に💣があるものの 上りは問題なし。
軽快に石段を上がっていったのですが 妻は腰に💣をもっていますのでゆっくり。
石段の途中にも境内社が複数。
祭神の分からない祠も複数。
拝殿の近くにも境内社が複数。
かなり多くの祭神を祀っていらっしゃいます。
写真を撮っているうちに妻が上がってきました。
仲良く参拝できました。
社務所もあったのですが無人でした。
下りに工事中の方に声をかけてみました。
すると工事をされているのが宮司様で ご自宅まで案内され そちらで御朱印をいただけました。
ありがたやありがたや。
宮司様に途中の道が怖かったことをお話しますと 安心して通れる道を教えてくださいました。
ありがたやありがたや。
こうして無事に次の神社に向かうことができました。
ネット情報です。
主祭神は速秋津姫命
社格は式内社論社(伝)讃岐国三宮 旧郷社
創建は不詳
別名は志度八幡宮
多和神社は 平安時代に書かれた延喜式神名帳に記載されている。
延喜式内社で 讃岐二十四社の一。
讃岐国三宮と伝える。
旧社格は郷社。
香川県さぬき市志度と 香川県さぬき市前山にある神社。
どちらが式内社か幕末より論争が行われ決着はついていない。
江戸時代の終わりまでは寒川郡前山村(現さぬき市前山)にある大田尾明神を多和神社とし祭っていたが明治の頃より 志度八幡宮が多和神社とされている。
創建時期は不詳である。
889年(寛平元年) 八幡神を祀り「八幡宮」と改称していたという。
志度寺に隣接しており 1479年(文明11年)に志度寺とともに焼失する。
1671年(寛文11年) 高松藩藩主松平頼重の手で志度寺が復興されると 神社も復興される。
この時 現在地に移転する(1623年(元和9年)現在地に遷座の説もあり)。
松岡調が研究のために各地から集めた典籍や事物が社内の「多和文庫(香木舎)」(重要文化財)として保管されている。
高野山での参拝を終えて まだGWのお休みが残っていましたので 四国に行きました。
香川県がもう少しで「青」(100投稿)にできるからです。
多和神社は香川県さぬき市にある神社です。
こちら多和神社は 以前から参拝予定の神社でしたが 道がよく分からず後回しになっていました。
カーナビの言う通りに車を走らせていたのですが 全然違う場所に案内されました。
山の裏側でした。
「なんじゃこれ」と文句を言い 今度は多和神社の駐車場をセット。
山をぐるっと回って行くのですが 今度はけっこう怖い思いをさせられました。
Googleマップでは分かりにくいのですが 小さい車が通れるぎりぎりの道で 左は壁 右は崖になっている上り坂を通らされました。
下りは見通し悪くなるでしょ。
「どうやって帰るねん」って文句言いながら車を進めました。
途中ですれ違った親子に 「この先に神社ってあります?」と尋ねますと 「うん この先にあるよー」男の子が元気に答えてくれましたので安心できました。
駐車場に車を停め ほっと一息。
坂を上がると参道でした。
一度鳥居まで戻り 写真を撮ってから隋神門をくぐりました。
隋神門の先 石段手前を工事されていました。
新しい土を入れて平らにならしていらっしゃいました。
宮司様かな?と思いながらご挨拶をしますと 「どちらから?」と聞いてくださいました。
「神戸からです」と答えますと 「遠くからご苦労さまです」と。
四国の寺社参拝すると 多くの場所で「どちらから」と尋ねられ 必ず「ご苦労さま」と言ってくださいます。
もちろん四国だけのことではないですが こういう言葉のやりとりってありがたいです。
私は膝に💣があるものの 上りは問題なし。
軽快に石段を上がっていったのですが 妻は腰に💣をもっていますのでゆっくり。
石段の途中にも境内社が複数。
祭神の分からない祠も複数。
拝殿の近くにも境内社が複数。
かなり多くの祭神を祀っていらっしゃいます。
写真を撮っているうちに妻が上がってきました。
仲良く参拝できました。
社務所もあったのですが無人でした。
下りに工事中の方に声をかけてみました。
すると工事をされているのが宮司様で ご自宅まで案内され そちらで御朱印をいただけました。
ありがたやありがたや。
宮司様に途中の道が怖かったことをお話しますと 安心して通れる道を教えてくださいました。
ありがたやありがたや。
こうして無事に次の神社に向かうことができました。
ネット情報です。
主祭神は速秋津姫命
社格は式内社論社(伝)讃岐国三宮 旧郷社
創建は不詳
別名は志度八幡宮
多和神社は 平安時代に書かれた延喜式神名帳に記載されている。
延喜式内社で 讃岐二十四社の一。
讃岐国三宮と伝える。
旧社格は郷社。
香川県さぬき市志度と 香川県さぬき市前山にある神社。
どちらが式内社か幕末より論争が行われ決着はついていない。
江戸時代の終わりまでは寒川郡前山村(現さぬき市前山)にある大田尾明神を多和神社とし祭っていたが明治の頃より 志度八幡宮が多和神社とされている。
創建時期は不詳である。
889年(寛平元年) 八幡神を祀り「八幡宮」と改称していたという。
志度寺に隣接しており 1479年(文明11年)に志度寺とともに焼失する。
1671年(寛文11年) 高松藩藩主松平頼重の手で志度寺が復興されると 神社も復興される。
この時 現在地に移転する(1623年(元和9年)現在地に遷座の説もあり)。
松岡調が研究のために各地から集めた典籍や事物が社内の「多和文庫(香木舎)」(重要文化財)として保管されている。

一の鳥居

文化財が多いようです

日章旗と大漁旗

鳥居をくぐって南に進むと隋神門があります

由緒書

手水舎

境内社 祓戸神社

かなり古い狛犬

苔もついているし 少し傷んでいます

隋神門の扁額

隋神門をくぐると 石段が続きます

柱門もありました

境内社 厳島神社

境内社 中野神社

さらに石段を上がります

祠がいくつも並んでいました

石段の左右にたくさん

境内社 山田神社

境内社 事平神社

不明な祠

境内社 松尾神社 かなり立派です

境内社 春日神社

ようやく拝殿が見えてきました

山の上ですが 立派な拝殿です

拝所

裏手の本殿は戸が3つ

境内社 連岳神社

本殿横から

下をくぐれます 登竜門と呼ぶ神社もあります

境内社 高良神社

拝殿と本殿

社務所 不在でした

拝殿と社務所

百度参數取

この札で数を数えるんですね

宮司様宅で御朱印をいただきました
すてき
投稿者のプロフィール
くるくるきよせん3550投稿
「すてき」 をくださるみなさま、ありがとうございます。 拙い投稿ですのに、本当に感謝しかありません。 2022年の正月に、ふと思い立って古都の寺社巡りを始めました。 由緒書きを読んだり、お話を伺...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば神主さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
神主さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。




