こくぶはちまんぐう
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國分八幡宮のお参りの記録(1回目)
投稿日:2020年08月14日(金)
参拝:2020年8月吉日
参拝にあたり事前に宮司様に連絡し、アポイントを取らせていただきました。
四国霊場八十番札所である国分寺の鬼門(東北)方向に鎮座されているとのことです。
社伝によれば創祀は天平勝宝年間(749年~757年あたり)で、現在の宮司様はなんと四十五代目とのことです‼
お忙しいなか、宮司様に御本殿背後の素晴らしい「磐座」にご案内いただき、由来などのご説明をいただきました。
もともと「磐座」のある場所で古くからお祭りが行われていたとされ、その後現在の宮司家の先祖である森口氏が、山城國の石清水八幡宮を勧請して今に至ると伝えられているとのことです。
「磐座」は御垣で囲われており、大きな岩がごろごろと転がっていますが、自然のものなのか、人工的なものなのかはわからないとのことです。
宮司代替わりの際には、御垣内の「神の室屋」と呼ばれる大きい岩に囲まれた三角の場所においてお祭りを行なったとのことです。先代時代までは「磐座」の周りは囲われておらず、今の宮司様の代に御垣を造られたそうです。
また一年に一度「磐座祭」を行っており、来年は2/23予定とのことです。
神社の奥に鳥居があったのでお聞きすると、神社背後の大禿山(標高176m)の山頂に水分社(みくまりしゃ)が鎮座されているとのことでしたのでお参りしてきました。上り20~30分程度の登山でした。
御朱印をいただきました。
感謝です!!拝。
四国霊場八十番札所である国分寺の鬼門(東北)方向に鎮座されているとのことです。
社伝によれば創祀は天平勝宝年間(749年~757年あたり)で、現在の宮司様はなんと四十五代目とのことです‼
お忙しいなか、宮司様に御本殿背後の素晴らしい「磐座」にご案内いただき、由来などのご説明をいただきました。
もともと「磐座」のある場所で古くからお祭りが行われていたとされ、その後現在の宮司家の先祖である森口氏が、山城國の石清水八幡宮を勧請して今に至ると伝えられているとのことです。
「磐座」は御垣で囲われており、大きな岩がごろごろと転がっていますが、自然のものなのか、人工的なものなのかはわからないとのことです。
宮司代替わりの際には、御垣内の「神の室屋」と呼ばれる大きい岩に囲まれた三角の場所においてお祭りを行なったとのことです。先代時代までは「磐座」の周りは囲われておらず、今の宮司様の代に御垣を造られたそうです。
また一年に一度「磐座祭」を行っており、来年は2/23予定とのことです。
神社の奥に鳥居があったのでお聞きすると、神社背後の大禿山(標高176m)の山頂に水分社(みくまりしゃ)が鎮座されているとのことでしたのでお参りしてきました。上り20~30分程度の登山でした。
御朱印をいただきました。
感謝です!!拝。
過去お祭りの際に、拝殿前で拝したのち、この拝殿と御本殿をつなぐ廊下の下の、この御本殿に更に近い場所で再度拝したと言われているとのことです。
御本殿の真後ろにある「霊岩(たまいわ)」または「勾玉岩(まがたまいわ)」です。
「霊岩」を反対側から見ています。岩の上の砲弾の形をした石は「霊石(たまいし)」で、磐座内部の枯れ木を伐採したときに落ち葉の中から見つかったもので、古くは数メートルの長さで磐座の中心に立っていたと言われるとのことです。
「八岐のウバメガシ」-木が小さいときに、いつも白蛇が乗っていたので、根元から枝分かれしたと伝えられているとのことです。
「神の室屋」-右上の岩が寄り添っているあたりです。神様がお休みになるところとで、磐座のなかで最も磁場が高いところとのことです。代替わりの際にお祭りが行われた場所とのことです。
「神の室屋」-別な角度から見ています。右上の複数の岩に囲まれたちょっとした空間です。
「方位岩」-右上の割れ目の入っている岩です。神様がお出かけされる際に方向を見定めるための岩で、東西の方向にきちんと割れているとのことです。なお御本殿は北を背にして南向きとのことです。
「方位岩」
拝殿の背後に見える円錐形の山が、その頂上に水分社の鎮座される大禿山です。
すてき
投稿者のプロフィール
裕遊抄uusho1355投稿
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