御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

編集詳細

2025年08月25日(月) 22時40分 by神祇伯

履歴一覧へ戻る
名前
編集前
駒形神社
編集後
駒形神社中宮
ふりがな
編集後
こまがたじんじゃなかのみや
通称
編集後
駒形神社里宮
ご由緒
編集前
駒形神社は第12代景行天皇40年、日本武尊東夷征討の折、当地駒ヶ嶽山頂に国土安寧と民心安定を祈念し、奥州鎮護の神として勧請し給うとあり、創祀は太古に属するも東夷平定の業漸く進んで、この地方に鎮守府が置かれし頃より神威中央に及び、文徳天皇仁寿元年(851)9月には正五位下を加えられ、清和天皇の貞観4年(862)6月従四位下に昇り、延喜式にも列せられた東北地方における第一の名社である。
当社里宮については、奥羽観蹟聞考誌によれば、奥宮の鎮座地は、高山険阻にて初冬より雪積もりて、翌年春まで参道を埋め、殊に女人禁制の霊山なれば老少婦人の参詣心にまかせず、里人これを憂いて山麓に一社を建て拝するため奉斉とある。封内風土記、奥宮の次に「其ノ二、里ノ御堂ト号ス。山上婦人ノ登拝ヲ禁ズ。故ニ堂ヲ山麓ニ建テ、婦人之ヲ拝使ム。」
終戦前は国幣小社駒形神社境外末社の指定を受く。


編集後
駒形神社は第12代景行天皇40年、日本武尊東夷征討の折、当地駒ヶ嶽山頂に国土安寧と民心安定を祈念し、奥州鎮護の神として勧請し給うとあり、創祀は太古に属するも東夷平定の業漸く進んで、この地方に鎮守府が置かれし頃より神威中央に及び、文徳天皇仁寿元年(851)9月には正五位下を加えられ、清和天皇の貞観4年(862)6月従四位下に昇り、延喜式にも列せられた東北地方における第一の名社である。
当社里宮については、奥羽観蹟聞考誌によれば、奥宮の鎮座地は、高山険阻にて初冬より雪積もりて、翌年春まで参道を埋め、殊に女人禁制の霊山なれば老少婦人の参詣心にまかせず、里人これを憂いて山麓に一社を建て拝するため奉斉とある。封内風土記、奥宮の次に「其ノ二、里ノ御堂ト号ス。山上婦人ノ登拝ヲ禁ズ。故ニ堂ヲ山麓ニ建テ、婦人之ヲ拝使ム。」
終戦前は国幣小社駒形神社境外末社の指定を受く。
ご祭神/ご本尊
編集前
《主》国常立尊,大日貴尊,国狭槌尊,吾勝天忍穂耳尊,彦火火出見尊,置瀬尊
編集後
国常立尊
大日靈貴尊
国狭槌尊
吾勝天忍穂耳尊
彦火火出見尊
置瀬尊
参拝時間
編集後
参拝自由
twitter
facebook
instagram
LINE
駐車場
編集後
あり
トイレ
編集後
なし
参拝所要時間
編集後
約10分
参拝料
編集後
なし
山号
院号
創立
編集後
景行天皇四十年
創始者/開山・開基
編集後
日本武尊
本殿/本堂の建築様式
編集後
一間社流造
巡礼
行事
文化財
ご神体
編集後
駒ヶ岳
YouTube