こまがたじんじゃもとさとみや
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楽しみ方駒形神社元里宮のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年08月24日(日) 16時52分23秒
参拝:2025年8月吉日
陸奥国胆沢郡の式内社であり陸中国新一宮である駒形神社は、明治以降になってから現在地の塩竈神社の境内へ遷座しました。それまでこの駒形神社があったのがこの和賀町岩崎であり、当社は駒形神社の元宮と呼ばれています。
様々な創建伝承のある駒形神社ですが、当社では坂上田村麻呂さんが亡くなった愛馬をいくつかの場所に埋葬して創建した一社であると伝えています。
…愛馬をバラバラの地に埋葬したわけではなく、蝦夷東征の道中に何頭もの馬が亡くなったという意味なのでサスペンスホラー展開ではありません!
様々な創建伝承のある駒形神社ですが、当社では坂上田村麻呂さんが亡くなった愛馬をいくつかの場所に埋葬して創建した一社であると伝えています。
…愛馬をバラバラの地に埋葬したわけではなく、蝦夷東征の道中に何頭もの馬が亡くなったという意味なのでサスペンスホラー展開ではありません!

《鳥居》
コンクリート製のように見える鳥居と奥に木製の朱鳥居が見えます。
水沢の駒形神社にはありませんが、当社と中宮、奥宮には必ず朱色の鳥居が建てられています。
コンクリート製のように見える鳥居と奥に木製の朱鳥居が見えます。
水沢の駒形神社にはありませんが、当社と中宮、奥宮には必ず朱色の鳥居が建てられています。


《石碑》
読めるような読めないような…
読めるような読めないような…

《表参道》

《拝殿》🙏
👁チェックポイント‼️
駒形神社の奥宮が山頂にある駒ヶ岳仙台藩と盛岡藩の境界にあったことから、それぞれの藩内に里宮が建てられ、奥宮は2つの藩が20年ごと交互に建替を行なっていました。
当社はその鎮座地から盛岡藩側の里宮と思われますが、明治に入って参拝には不便ということで当時の水沢県庁に近いところに遷座しました。これが今の駒形神社です。
👁チェックポイント‼️
駒形神社の奥宮が山頂にある駒ヶ岳仙台藩と盛岡藩の境界にあったことから、それぞれの藩内に里宮が建てられ、奥宮は2つの藩が20年ごと交互に建替を行なっていました。
当社はその鎮座地から盛岡藩側の里宮と思われますが、明治に入って参拝には不便ということで当時の水沢県庁に近いところに遷座しました。これが今の駒形神社です。

《拝殿壁面》
駒形神社の遷座後に改めて駒形神社から分社を受けて再建されており、建物としてはかなり簡素です。
また伝承では小観音像が納められているそうです。
駒形神社の遷座後に改めて駒形神社から分社を受けて再建されており、建物としてはかなり簡素です。
また伝承では小観音像が納められているそうです。

《入口》
道に面しているところには何の標識もないので一瞬私有地のように見えます。
道に面しているところには何の標識もないので一瞬私有地のように見えます。
すてき
投稿者のプロフィール

神祇伯1726投稿
どうも、全国の古い神社に出没するお稲荷さんの下僕です。ブログで参拝した神社の感想上げてます(9/7更新) 御朱印も集めてますが写真は載せない主義なので、戴けたところは順次報告&更新します。もっと読む
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