御朱印・神社お寺の検索サイト楽しみ方
慈眼寺めめ大バナー※清水寺ではいただけません

きよみずでら|天台寺門宗音羽山

清水寺

岩手県 花巻駅

午前9時~午後5時 

投稿する
0198-28-2624

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

無料駐車場あり。(大型バスも可)

巡礼

奥州三十三所観音霊場
南部藩の和賀、稗貫、紫波三郡三十三所観音霊場の第一番札所

ご利益

清水寺について

< 公式Webサイトからの引用 >
山号寺号は、京都の清水寺さんと同じ「音羽山」「清水寺」と号します。
天台寺門宗(御本山は滋賀県大津市の園城寺)に属し、
十一面観音様とお不動様を御本尊とする加持祈祷のお寺です。
花巻市は、東に秀峰早池峰山が聳え、中央を東北の大河北上川が流れるのどかな街です。
早池峰神楽や鹿踊りをはじめ多くの郷土芸能が残され、
宮澤賢治が生まれ育ち、高村光太郎が晩年を過ごした文化の薫る街です。
花巻温泉や、志戸平温泉、大沢温泉など、豊かな温泉に恵まれたいで湯の街です。

歴史

< 公式Webサイトからの引用
          _ http://kiyomizudera.org/newpage1.html >
.
田村麻呂将軍は、
延暦10年代(791年~800年)に蝦夷討伐のため蝦夷地に来て戦っていますが、
その勢いは強く思うように戦果をあげることができませんでした。
そこで、兜に納めていた「十一面観音」(閻浮壇金1寸8分と伝わる)に祈願したところ、
戦況が俄かに好転して平定することができたので、
帰京の後に奏聞して一宇を建立したと言われています。
その後、慈覚大師が東国へ下向教化の際、
7尺余りの観音像を彫刻しその胸中に安置したと伝えられています。

前九年の役に際して、源頼義・義家親子が清水観音に祈願し、
安倍氏を撃破することが出来たので、
康平5年(1062年)に七間四面の伽藍を建立したとの伝承があります。

天正19年九戸政実の乱では、
豊臣秀次麾下の軍兵が清水観音に戦勝祈願したとの言い伝えが残っています。

江戸時代には、天和3年(1683年)、享保7年(1732年)、
文化10年(1813年)と三度観音堂の改築が行われた事が記録に残されています。
(現在の観音堂は文化10年の建築です。)

当寺の元宮は、
現在地の西方約8㎞に位置する八方山(標高716m)にあったと伝えられますが、
現在八方山に遺跡等は残っておらず移転の経緯などは定かでありません。
現在の境内地周辺には、清水町、反町、宮小路などの地名が残っており、
かつて当地方の信仰の中心として、物資の供給地として賑わったことが窺えます。
慶長年間に、南部藩の重臣花巻城代の北松斉公が
当寺周辺にあった市場を現在の花巻市街地に遷し、花巻開町の礎としたと言われています。

歴史をもっと見る|
3

清水寺の基本情報

住所岩手県花巻市太田21-10
行き方

公式Webサイトによるご案内:
公共交通の便が悪いため、JRや飛行機でお越しの方は、タクシーやレンタカーのご利用をお願います。

① JRを利用する場合 : 東北新幹線 「新花巻駅」 から、車で約35分(15㎞)です。  
  東北本線 「花巻駅」 から、車で約24分(9.4㎞)です。

② 自家用車などを利用する場合 : 東北自動車道 「花巻南IC」 から、約17分(6.8㎞)です。  
  秋田自動車道 「北上西IC」 から、約28分(13㎞)です。

③ 花巻空港を利用する場合 : 花巻空港から、車で約35分(15㎞)です。

アクセスを詳しく見る
名称清水寺
読み方きよみずでら
参拝時間

午前9時~午後5時 

参拝料

なし(志納)

トイレあり
御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号0198-28-2624
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttp://kiyomizudera.org
SNS

詳細情報

ご本尊十一面観音像
不動尊像
山号音羽山
宗旨・宗派天台寺門宗
創建時代大同2年(807年)
開山・開基開基:伝、征夷大将軍坂上田村麻呂。
札所など

奥州三十三所観音霊場
南部藩の和賀、稗貫、紫波三郡三十三所観音霊場の第一番札所

ご由緒

< 公式Webサイトからの引用
          _ http://kiyomizudera.org/newpage1.html >
.
田村麻呂将軍は、
延暦10年代(791年~800年)に蝦夷討伐のため蝦夷地に来て戦っていますが、
その勢いは強く思うように戦果をあげることができませんでした。
そこで、兜に納めていた「十一面観音」(閻浮壇金1寸8分と伝わる)に祈願したところ、
戦況が俄かに好転して平定することができたので、
帰京の後に奏聞して一宇を建立したと言われています。
その後、慈覚大師が東国へ下向教化の際、
7尺余りの観音像を彫刻しその胸中に安置したと伝えられています。

前九年の役に際して、源頼義・義家親子が清水観音に祈願し、
安倍氏を撃破することが出来たので、
康平5年(1062年)に七間四面の伽藍を建立したとの伝承があります。

天正19年九戸政実の乱では、
豊臣秀次麾下の軍兵が清水観音に戦勝祈願したとの言い伝えが残っています。

江戸時代には、天和3年(1683年)、享保7年(1732年)、
文化10年(1813年)と三度観音堂の改築が行われた事が記録に残されています。
(現在の観音堂は文化10年の建築です。)

当寺の元宮は、
現在地の西方約8㎞に位置する八方山(標高716m)にあったと伝えられますが、
現在八方山に遺跡等は残っておらず移転の経緯などは定かでありません。
現在の境内地周辺には、清水町、反町、宮小路などの地名が残っており、
かつて当地方の信仰の中心として、物資の供給地として賑わったことが窺えます。
慶長年間に、南部藩の重臣花巻城代の北松斉公が
当寺周辺にあった市場を現在の花巻市街地に遷し、花巻開町の礎としたと言われています。

体験御朱印お守り札所・七福神巡り

Wikipediaからの引用

概要
清水寺(きよみずでら)は岩手県花巻市にある天台寺門宗の寺院。 山号は音羽山。
アクセス
交通アクセス[編集] 清水寺公式ホームページの「交通」を参照
引用元情報清水寺 (花巻市)」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%AF%BA%20(%E8%8A%B1%E5%B7%BB%E5%B8%82)&oldid=89442816

この寺院の僧侶様へ

公式アカウント(無料)にご登録いただくと、

ご自身の寺院の情報を編集することができます。

無料登録して、参拝者が必要な情報を直接伝えてみませんか?

詳しくはこちら

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy and Terms of Service apply.

行きたい
投稿する
お問い合わせ
慈眼寺リリー小バナー2