おおすぎじんじゃ
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大杉神社ではいただけません
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大杉神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2021年02月17日(水)
参拝:2021年2月吉日
大杉神社は、茨城県稲城市にある神社。旧社格は郷社。現在は神社本庁の別表神社(←旧郷社の別表神社は激レア)。彩色の鮮やかな社殿から「茨城の日光東照宮」の異名がある。また「あんばさま」という名称で親しまれている。
社伝によると、創建は奈良時代の767年、日光山を開山した勝道上人がアンバ神(常総内海部の土着信仰の海神)の地を訪れ、御神木の巨杉を神籬(ひもろぎ)として三輪明神(奈良の大神神社)を鎮斎した時とされる。鎌倉初期には源義経の家臣、常陸坊海尊が僧侶として仕え、巨体、紫髭、碧眼、鼻高の海尊の風貌や巻き起こす様々な奇跡から大杉大明神(海の神;アンバ神)の眷続とされ天狗信仰へと発展した。江戸初期には徳川家康以降三代の将軍に仕えた日光輪王寺座主、天海大僧正(慈恵大師)が別当寺・安穏寺の住職となったため神仏混淆の神社として大きく発展。1982年、神社本庁の別表神社に指定。
当社はJR成田線・佐原駅から桜東バス江戸崎佐原線・江戸崎ゆきで40分。下車徒歩5分。東京から車だと、常磐自動車道で筑波JCTから圏央道・稲敷ICで下道7km。
参拝時は週末の夕方で、特別な日でもなく、交通の便が良いわけでもないのに、参
拝者はけっこう多くいた。普通に家族連れ、老若夫婦、若いカップルもいたが、女子中高生のグループや御ひとり様がいたのには驚いた。建物は見た目から派手で分かりやすいし、摂末社の数も多くて、説明書きも丁寧、寺社仏閣好きでなくても親しみやすい要素がぎっしり詰まっている感じ。(普通紙印刷の御朱印だけが残念...)
社伝によると、創建は奈良時代の767年、日光山を開山した勝道上人がアンバ神(常総内海部の土着信仰の海神)の地を訪れ、御神木の巨杉を神籬(ひもろぎ)として三輪明神(奈良の大神神社)を鎮斎した時とされる。鎌倉初期には源義経の家臣、常陸坊海尊が僧侶として仕え、巨体、紫髭、碧眼、鼻高の海尊の風貌や巻き起こす様々な奇跡から大杉大明神(海の神;アンバ神)の眷続とされ天狗信仰へと発展した。江戸初期には徳川家康以降三代の将軍に仕えた日光輪王寺座主、天海大僧正(慈恵大師)が別当寺・安穏寺の住職となったため神仏混淆の神社として大きく発展。1982年、神社本庁の別表神社に指定。
当社はJR成田線・佐原駅から桜東バス江戸崎佐原線・江戸崎ゆきで40分。下車徒歩5分。東京から車だと、常磐自動車道で筑波JCTから圏央道・稲敷ICで下道7km。
参拝時は週末の夕方で、特別な日でもなく、交通の便が良いわけでもないのに、参
拝者はけっこう多くいた。普通に家族連れ、老若夫婦、若いカップルもいたが、女子中高生のグループや御ひとり様がいたのには驚いた。建物は見た目から派手で分かりやすいし、摂末社の数も多くて、説明書きも丁寧、寺社仏閣好きでなくても親しみやすい要素がぎっしり詰まっている感じ。(普通紙印刷の御朱印だけが残念...)
境内入口。たくさんの大きな奉納燈籠が階段を埋め尽くす、インパクトのある独特な見た目。
鳥居と社号標。敷地の角地、大杉神社前交差点にある。巨大な天狗の顔(鼻高天狗と烏天狗)の石像を両サイドに配置。鳥居の後ろは駐車場。その後ろに境内入口の階段(↑)。
境内入口の階段を上がったところ。見どころは大きく分けると2つあって、左方向の神門の先のエリアと、右方向の祈祷所の先のエリアがある。
まずは、第一の神門先のエリア。なお神門は隋神門ではなく、門の両側には狛犬が座っている。
神門をくぐると、左手に小さなの<手水舎>。右手は授与所。
神門からまっすぐ進んで右にある<本殿>。極彩色の派手な色遣いで<茨城の日光東照宮>という異名を持つ。
拝殿と扁額。
本殿前のエリアを入口近くに戻って時計回りに見て廻る。手水舎の脇にあるのが<神輿殿>。校倉造。2012年再建。
神輿殿の右隣に<鐘楼>。梵鐘はない。江戸期以前の神仏習合の頃には鐘があったのかな?
鐘楼の隣に、本殿より極彩色の<麒麟門>。古代中国の偉人の故事にちなむ彫刻が11カ所ある。
本殿と間違いそうになる立派な<神楽殿>。
神楽殿脇から本殿を望む。
神楽殿の右脇には回廊があって、5つの摂末社が並ぶ。左から順に<大国神社>、<五十瀬神社>、<白山神社・日吉(ひえ)山王宮・妙見宮>、<四柱神社>、<天満宮>。なお回廊の端には石製の鳥居があって<天満宮>の扁額が掛かっている。
回廊の先にある御神木<三郎杉>。
回廊から見える社殿全景。拝殿のサイズも十分大きいが、それと同じぐらい大きい本殿。社殿を囲む透塀にも細かい彫刻が施されており、ひとつひとつ説明書きが付されている。
ふたたび拝殿。
ふたたび神門近くに戻って<授与所>。御朱印はこちら。
境内入口階段を上がったところにある<旧護摩堂>。1804年建立。桁行二間梁間四間の寄棟銅板葺。東日本大震災までは茅葺であったとのこと。
続いて、第二の祈祷所先のエリア。突き当りが祈祷所受付。先を右方向に進む。
摂末社エリア入口の鳥居。石鳥居の扁額とその後ろの建物の扁額にたくさんの神社名が記載されている。
石鳥居の<最勝>という文字からは何神社か想像がつかないが、後ろにある幾重もの鳥居で分かる。当エリアの中心、稲荷神社の入口。<最勝>の文字は、稲荷神社の御利益の一つ、<出世>に掛けたのことか。ただこのエリアにはもう一つ、<最勝>でなければならない変わった神社がある。
幾重もの奉納鳥居。石造が4、木造が10ほど。
稲荷神社。かなり華やか。
<最勝>でなければならない理由がこの神社<勝馬神社>。稲荷神社の前にある。社殿内には石造の神馬が鎮座。手前の石造りの箱にはたくさんの馬蹄と、なぜか馬券が入っている。外れ馬券を奉納する不心得者はいないだろうから、これは当たり馬券か?
後ろに名札や説明のない社がある。<勝馬神社>の本殿か?奥宮か?
当エリア一番奥にある<相生社>。
相生社の右隣、稲荷神社の左側にある<捄総社(ぐそうしゃ)>。日祀社(ひまつりしゃ)、鵜神社(うなかみしゃ)、梶鳥社(かじとりしゃ)、神護社(じんごしゃ)の総称とのこと。
すてき
みんなのコメント(2件)
竜
惣一郎さん
凄く綺麗な神社ですね!
稲荷さんまで色鮮やか❗
2021年02月17日(水)
竜さん、コメントありがとうございます!
事前調査の段階で「茨城の日光東照宮」というので、ある程度色鮮やかな神社をイメージしていたのですが、実物も確かに綺麗でした。(ちょっと派手すぎかも...汗)
ただ感心したのは、一つ一つの物の説明書きが丁寧で、そんなに神社に興味がない人が来ても十分に楽しめるようになっていた点です。
神社のひとつひとつに興味が湧くように工夫しているところは、神社の真面目さが伝わって来て好印象でした(笑)
2021年02月18日(木)
投稿者のプロフィール
惣一郎1269投稿
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