もんじゅいん
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楽しみ方文殊院のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年02月24日(火) 07時29分55秒
参拝:2024年4月吉日
茨城県 那珂市 戸に境内を構える、朝日山 乗蓮寺 文殊院、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、開運 茨城 花の寺 八ヶ寺霊場、十二支の守り本尊と花めぐりにて参拝致しました、非常に対応の良い寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 朝日山、寺号は 乗蓮寺、院号は 文殊院、宗旨 宗派は 真言宗 智山派、ご本尊は 十一面観音菩薩像、本尊の十一面観世音菩薩は、桜川市の 雨引観音 (坂東三十三札所)と 同じ1本の木から作られたと伝えられる。戸村観音が姉、雨引観音が妹という。 雨引観音同様、安産に御利益があるとして多くの参拝者が後を断ちません、開運 茨城 花の寺 八ヶ寺霊場 第五番札所 午 勢至菩薩、文殊院は,天長元年(824年)に徳一によって開創された非常に古い寺院、創建は応永21年(1414)、尊許により開山と伝わる。しかし,その後,たびたび戦火に遭い,文明5年(1473年)に再興された。昭和19年に堂宇の全てを焼失したが,その後再建されて今日に至っている。
尊許は、城里町の小松寺を再興した宥尊の愛弟子であったとされる。
天文14年(1545)、無量寿院俊聡が当寺にて開檀
天文16年(1547)、醍醐寺報恩院源雅に報恩院流の許可灌頂を受ける
中世は戸村城主・戸村氏の祈願寺として崇敬されるが、佐竹氏一族であった戸村氏は関ヶ原後の宗家・佐竹氏の出羽移封に従い戸村氏も出羽へ…
昭和19年(1944)6月、火災により本堂・庫裡焼失
昭和20年(1945)に庫裡、昭和25年(1950)に本堂再建
平成17年(2005)、境内に弥勒会館建立
山門の脇に鳥居があり,神仏混淆時代の名残若宮八幡宮と大杉神社が鎮座している。
文殊院の境内地には那珂川左岸の比高約6mの河岸段丘上にある中世城址戸村城の出城的な一画を占めを堀跡と土塁跡のような地形部分がある
尊許は、城里町の小松寺を再興した宥尊の愛弟子であったとされる。
天文14年(1545)、無量寿院俊聡が当寺にて開檀
天文16年(1547)、醍醐寺報恩院源雅に報恩院流の許可灌頂を受ける
中世は戸村城主・戸村氏の祈願寺として崇敬されるが、佐竹氏一族であった戸村氏は関ヶ原後の宗家・佐竹氏の出羽移封に従い戸村氏も出羽へ…
昭和19年(1944)6月、火災により本堂・庫裡焼失
昭和20年(1945)に庫裡、昭和25年(1950)に本堂再建
平成17年(2005)、境内に弥勒会館建立
山門の脇に鳥居があり,神仏混淆時代の名残若宮八幡宮と大杉神社が鎮座している。
文殊院の境内地には那珂川左岸の比高約6mの河岸段丘上にある中世城址戸村城の出城的な一画を占めを堀跡と土塁跡のような地形部分がある

開運 茨城 花の寺 八ヶ寺霊場 第五番札所 午 勢至菩薩、

スタンプ頂きました。

桜川市の 雨引観音 (坂東三十三札所)と 同じ1本の木から作られたと伝えられる。戸村観音が姉、雨引観音が妹という。 雨引観音同様、安産に御利益があるとして多くの参拝者が後を断ちません








すてき
投稿者のプロフィール

japan-wel…549投稿
宮城県 石巻市に在住、元々出張で日本各地を訪れる機会が在り思い出作りに道の駅スタンプラリーにも参加、気がつけば全国制覇者2022年第184号、今は休日 旅行で全国各地の食べ物、景色、温泉を探索、...もっと読む
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