こうがんじ
御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方弘願寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年02月24日(火) 07時36分44秒
参拝:2024年4月吉日
茨城県 那珂市 下大賀 に境内を構える、帝青山 弘願寺、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、開運 茨城 花の寺 八ヶ寺霊場、十二支の守り本尊と花めぐりにて参拝致しました、他では類を見ない聴くだけ観音、くすぐり地蔵等が有名な寺院様、非常に対応の良い寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 帝青山、寺号は 弘願寺、宗旨 宗派は 臨済宗 円覚寺派、ご本尊は 釈迦牟尼仏、開運 茨城花の寺八ヶ所霊場 第八番札所 戌・亥 阿弥陀如来、創建は貞和元年(1345)、佐竹貞義により常陸国二宮・静神社の東側に神宮寺として開基し、大拙祖能により開山、至徳2年(1385)、四世明遠天哲が静神社境内に静宮寺を建立、永禄2年(1559)、十世意香宗悦により静神社境内にあった無住の寺、浄土宗西方寺を改宗し臨済宗にする。
寛文8年(1668)、徳川光圀による社寺分離政策により静神社境内から下大賀(現在地)へと移転、なお、静宮寺・西方寺は弘願寺の塔頭、静宮庵・西方庵として下大賀へ移転、この際、弘願寺が移転して来た為に現在地にあった大井戸神社は、徳川光圀の命により近くの瀧神社の境内社として遷座
江戸時代は常陸太田・正宗寺の末寺となっていた。
文政6年(1823)、火災により焼失
天保14年(1843)、徳川斉昭による寺社改革において廃寺となる。
弘化3年(1846)、再興
明治12年(1879)、正宗寺住職・薗部大徹の閑居地として定められ御堂再建、
聴くだけ観音は、世間の私たち衆生の悩みや苦しみ・救いを求める声を聞きつけて馳せ参じてくださる菩薩様です。
どうぞ観音様の御名を称えて、自分の思い(念)を伝えてください。
くすぐり地蔵は怪我や病気の方々の参拝が多く、参拝後に賽銭で地蔵を削って持ち帰り、患部にあてたり煎じて飲んだりして治癒回復を祈願していたと言われており、写真を見てわかると思いますが、地蔵様のお腹がえぐれております。
現在では、簡略化して患部と同じ場所を触り治癒を願う様になったそうで、祈願成就の折には、お礼として頭巾と涎掛けを奉納するそうです
寛文8年(1668)、徳川光圀による社寺分離政策により静神社境内から下大賀(現在地)へと移転、なお、静宮寺・西方寺は弘願寺の塔頭、静宮庵・西方庵として下大賀へ移転、この際、弘願寺が移転して来た為に現在地にあった大井戸神社は、徳川光圀の命により近くの瀧神社の境内社として遷座
江戸時代は常陸太田・正宗寺の末寺となっていた。
文政6年(1823)、火災により焼失
天保14年(1843)、徳川斉昭による寺社改革において廃寺となる。
弘化3年(1846)、再興
明治12年(1879)、正宗寺住職・薗部大徹の閑居地として定められ御堂再建、
聴くだけ観音は、世間の私たち衆生の悩みや苦しみ・救いを求める声を聞きつけて馳せ参じてくださる菩薩様です。
どうぞ観音様の御名を称えて、自分の思い(念)を伝えてください。
くすぐり地蔵は怪我や病気の方々の参拝が多く、参拝後に賽銭で地蔵を削って持ち帰り、患部にあてたり煎じて飲んだりして治癒回復を祈願していたと言われており、写真を見てわかると思いますが、地蔵様のお腹がえぐれております。
現在では、簡略化して患部と同じ場所を触り治癒を願う様になったそうで、祈願成就の折には、お礼として頭巾と涎掛けを奉納するそうです
すてき
投稿者のプロフィール

japan-wel…549投稿
宮城県 石巻市に在住、元々出張で日本各地を訪れる機会が在り思い出作りに道の駅スタンプラリーにも参加、気がつけば全国制覇者2022年第184号、今は休日 旅行で全国各地の食べ物、景色、温泉を探索、...もっと読む
ホトカミ見ました! で広がるご縁
ホトカミを見てお参りされた際は、もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。























