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金龍寺ではいただけません
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きんりゅうじ|曹洞宗太田山

金龍寺
茨城県 佐貫駅

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳にお書き入れ
あり
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

あり

金龍寺について

由良氏の常陸牛久に転封後の菩提寺。
牛久沼の名前の元となった「牛になった小坊主」や、由良氏祖先の新田義貞公にまつわる「わら干し観音」の伝説が伝わる。

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くし
くし
2023年05月16日(火)
1450投稿

今回、牛久沼周辺を再訪するにあたり行き先を検討していたところ、こちらのお寺の「太田山」という山号が目に止まり、これはひょっとして!?と調べてみたところ・・・ビンゴ☆やはりここが太田金山城の由良氏の牛久転封後の菩提寺でした。

さらに調べたところ由良氏や新田義貞公の墓所もある! つい先日、新田義貞公挙兵の生品神社や、太田時代の由良氏墓所の桐生鳳仙寺に行ったばかりですし、ここの元寺である金山城下の金龍寺にも行ったことがある。
そんな地元とも関わりの深いお寺ならぜひとも拝まねば!(゜∀゜)ということで予定に組み込み。

このお寺には牛久沼の由来となった「牛になった小坊主」や、新田義貞公にまつわる「わら干し観音」の伝説があります。
https://www.city.ryugasaki.ibaraki.jp/kanko/kankokyokai/more-ryugasaki/mamechisiki/mukashibanashi/2013091900324.html
まぁ後者についてはこの辺りを含め常陸国には新田義貞にまつわる伝説は他に皆無なので、おそらく当地にもともとあった伝承ではなく由良氏が転封後に新田荘から持ち込んだものと思われますが・・・(^^;

御利益は、牛になった小坊主の伝承から「縁切り」、義貞公の伝承から「勝負運」とさせていただきました。
当初、上野から常陸に転封されてもお家存続した由良氏にちなんで「家内安全」にもチェック入れたのですが・・・実は由良氏は牛久移封後、国繁公一代限りで領地没収されたらしいのでこれは外した(^^;
(理由は不明だが家康が相続を許さなかったらしい・・・まぁ狸親父のやりそうなことだが)
まぁ領地は失ったものの、由良氏自体は高家として明治維新まで存続したらしいので家内安全残しても良かったんだけどねw 判断は今後編集される方にお任せします。

金龍寺の御朱印

御朱印は奥様から直書きでいただきました♪

金龍寺の建物その他

龍ヶ崎市の北側の高台にあるお寺
駐車場は境内近くで真の入り口はこの少し先の方

金龍寺(茨城県)

植木の中からこちらを窺うカエル

金龍寺(茨城県)

山門

金龍寺(茨城県)

比較的明るく写ってますが、木の生い茂ってるお寺で、この日は曇りだったのもあって実際はもう少し日差しは穏やかです

金龍寺(茨城県)

山門右側に手水舎

金龍寺の建物その他

手水舎の裏側に鐘楼

金龍寺(茨城県)

鐘楼前はヤマボウシが満開

金龍寺(茨城県)

観音像

金龍寺(茨城県)

なんと六角堂あり
最初の板橋不動尊の三重の塔に続き、今回行った牛久沼周辺のお寺はどこも普通の堂宇とちょっと違う建物があって楽しかったです

金龍寺(茨城県)

本堂

金龍寺の建物その他

おお!家紋が新田氏の大中黒一つ引き(*゜∀゜)=3

金龍寺(茨城県)

寺号も金山城下にあるのと同じく金龍寺☆

金龍寺(茨城県)

お地蔵さん

金龍寺(茨城県)

西国巡礼観音菩薩
百観音ではなく西国三十三ヶ所のみというのがちょっと面白い、関東なので板東と秩父くらいは自力で回れってことか?w
左は愛宕権現とありますが立ってるのはお地蔵さん??
左の小さい石祠がそうなのか、それともお地蔵と習合してるのか・・・(・・?)

金龍寺(茨城県)

本堂左後ろに新田・由良家の墓所

金龍寺(茨城県)
金龍寺の建物その他
金龍寺(茨城県)

まず正面に行きましたが、こちらはどうも歴代住職のお墓っぽい

金龍寺(茨城県)

向かって右側が新田・由良家の墓所でした
新田義貞公、金龍寺開山の新田貞氏公、由良国繁公のお墓が並んでます

金龍寺のお墓

新田家累代之霊墓とあり
家紋ももちろん大中黒一つ引き

金龍寺(茨城県)

萬福寺アートなどが間に挟まりましたがw 一応同じ御朱印帳に成繁公と国繁公の由良氏二代のお寺を納めることができました♪

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金龍寺の基本情報

住所茨城県龍ケ崎市若柴町866
行き方
アクセスを詳しく見る
名称金龍寺
読み方きんりゅうじ
御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号0297-66-3469
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
ホームページhttps://www.city.ryugasaki.ibaraki.jp/kanko/kankokyokai/kankospot/meisho/temple/2013091801409.html

詳細情報

ご本尊釈迦如来
山号太田山
宗旨・宗派曹洞宗
創建時代1590年(天正18年)上野太田より常陸牛久に移転 1666年(寛文6年)当地に創建
開山・開基新田貞氏 《別伝》新田義貞、天真自性(いずれも太田時代の開山・開基)
ご由緒

応永年間(1394 - 1428年)、新田貞氏が祖先(祖父とも)の新田義貞追善のため、上野国新田荘金山(現・群馬県太田市)に創建した。なお、元亨元年(1321年)に新田義貞が天真自性を開山として創建したとの別伝もある。

その後、新田氏の末裔で一族の新田金山城主であった由良国繁が天正18年(1590年)、常陸国牛久(茨城県牛久市)に転封されると寺も同地に移転した。現在地に移ったのは寛文6年(1666年)のことである。江戸時代には多くの末寺を有していた。

体験御朱印重要文化財武将・サムライ有名人のお墓伝説

Wikipediaからの引用

概要
金龍寺(きんりゅうじ)は、茨城県龍ケ崎市にある曹洞宗の寺院。山号は太田山。本尊は釈迦如来。
歴史
歴史[編集] 応永年間(1394 - 1428年)、新田貞氏が祖先(祖父とも)の新田義貞追善のため、上野国新田荘金山(現・群馬県太田市)に創建した。なお、元亨元年(1321年)に新田義貞が天真自性を開山として創建したとの別伝もある。 その後、新田氏の末裔で一族の新田金山城主であった由良国繁が天正18年(1590年)、常陸国牛久(茨城県牛久市)に転封されると寺も同地に移転した。現在地に移ったのは寛文6年(1666年)のことである。江戸時代には多くの末寺を有していた。
引用元情報金龍寺 (龍ケ崎市)」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E9%87%91%E9%BE%8D%E5%AF%BA%20%28%E9%BE%8D%E3%82%B1%E5%B4%8E%E5%B8%82%29&oldid=91739869
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