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ほうぜんじ|天台宗慈雲山

逢善寺の御朱印・御朱印帳
茨城県 竜ケ崎駅

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2024年08月03日(土)513投稿

山号は慈雲山、院号は無量寿院、寺号は逢善寺、宗旨 宗派は天台宗、ご本尊は千手観世音菩薩(小野の観音)、ぼけ封じ関東三十三観音 第33三十三番札所、常陸国七福神 弁財天、平安時代の天長3年(828年)、最澄が天台宗を開いた翌年、最澄の弟子 逢善道人が小野村に千手観音を祀ったとのことです。初めは小堂でしたが、常陸国司小野篁が覚叡上人を招いて堂宇を建立し、正徳3年(1713年)には天台宗の関東八檀林の一つに定められ、僧侶養成のための学問所として栄えた。その間、逢善寺は2度の火災に遭い、現在の本堂は天保13年(1842年)に再建されたもの。仁王門は、明治2年(1869年)に東京麹町の日枝神社山門を移築したもので、太田道灌が文明年間(1469年-1487年)に建造したものと伝えられている。昭和56年から7年かけての修復工事が行われ、今に至っている。826年(天長3年) - 最澄の弟子の逢善道人により常陸国河内郡小野村(現・茨城県稲敷市小野)に千手観音を本尊として創建
1713年(正徳3年)- 天台宗学問所「関東八檀林」の一つに定められる
1842年(天保13年)- 本堂を再建
1868年(明治元年)- 東京 麹町の日枝神社の山門を移築したとのことです。
何でも、太田道灌が文明年間(1469~87)に
日枝神社に建立したもので 金剛力士像も
日枝神社から移されたもので、運慶の作と
いわれ、茨城県内で一番古いものだそうです

逢善寺(茨城県)

常陸七福神、弁財天

逢善寺の御朱印

ぼけ封じ関東三十三観音 第33三十三番札所、

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