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2022年11月27日(日) 23時27分 byくし
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社殿によれば大同年間(806~809年)、坂上田村麻呂が奥州征伐に下向する時、京都伏見の稲荷社を関本沖の地に勧請して沖稲荷としたのが始まりであると云われている。 その後、平将門の乱の時に藤原秀郷がこの神社に祈願したことや、結城合戦で焼失したものの、寛正元年(1460年)十一月に結城氏が再興され、結城晴朝により太刀一振を奉納したことが書き伝えられている。 稲荷明神は中世から関本の鎮守的な存在となっていたが、この間の事情を伝える資料がなく不明な点も多い。
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境内に駐車スペース 土手の中に入るのに少し大回りする必要がある様子
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簡易トイレがありましたがおそらく使用困難
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大同年間(806~809年)
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坂上田村麻呂