さしのじんじゃ
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楽しみ方佐志能神社のお参りの記録一覧


竜神山
御祭神
豊城入彦命
高龗神
国常立命
大己貴命
少彦名命
国狭槌命
豊斟渟命
猿田彦命
金山彦命
天日鷲命
武甕槌命
この時期は虫の大群に襲われます
虫除けスプレー必須

一ノ鳥居

手水舎
水は流れていませんでした
ここから虫の大群に襲われます

参道
コンクリート道なので車で通れるのかも?

ニノ鳥居

ここからは階段

木が根本から倒れてる!
けどちゃんと生きていて
葉も生い茂ってる

拝殿

本殿

内部

ここも水が枯れてます

由緒書

駐車場
ニノ鳥居手前にも
駐車場出来そうなスペースあり

御朱印
常陸国総社宮でいただけます

竜神山に主祭神の豊城入彦命と高龗神を始めとする多数の神様をお祀りしています。
もう少し奥に村上佐志能神社があり、こちらには闇龗神をお祀りしていて、高龗神とは同胞であり、共に龍神といわれ雨の神でもあるそうです。
闇龗神は陽龍神(雄)高龗神は陰龍神(雌)になるんだそうです。つまり、こちらは雌の龍神様がいらっしゃるんですね。
龍年にはぴったりのお参りです。
ちなみにですが、google mapで行くと東京石灰工業という会社を通らされますが、行けません!
ふるさと農道の「竜神山霊園」の看板を曲がると鳥居まで行けます🚗

ふるさと農道を通り「竜神山霊園」の看板を曲がっていくと鳥居まで行けます。
側に二台駐車できます。

御霊水

ポタポタと御霊水が落ちています。

ニノ鳥居

先は不揃いな石段達です。

「ついたーなんじゃここ〰︎」息も荒く、声にならない叫び
斜めに切れ込みの入った岩山!

拝殿
左側は岩に邪魔されて左右対称ではない

境内は岩山の縁にあり長細い

滝です。水はありません。

社殿にくっつきそうな岩

アップはこんな感じ

お祀りされてますね、どなたでしょう、。

仏様です!

不思議な岩がコロンとあります。

御朱印は常陸国総社宮でいただけます。

龍神様に呼ばれました。龍神様の存在をいたるところで強く感じる神社です。
鎮座する山(龍神山)からしてただならぬ雰囲気があります。個人的には龍脈が通っていると思ってます。
神社の横には当日は枯れていましたが滝があり、水が流れ出るところの岩肌には龍神様のお顔がはっきり見られます。
参拝前は晴れていましたが、参拝中に雨が降り出し、歓迎していただきました。
主神
豊城入彦命
配祀
高龗神
国常立尊、大国主命、少彦名命、国狭槌命、豊斟渟命、猿田彦命、金山彦命、天日鷲命、武甕槌命
境内社
神武天皇社(神倭磐余毘古命)と大杉神社(大物主命)の2社。
なお、御朱印は、常陸国総社宮で頂くことができます。
もっと読む
佐志能神社(さしの~)(染谷)は、茨城県石岡市染谷にある神社。式内論社で、旧社格は郷社。主祭神は豊城入彦命、配祀神は闇龗神、国常立尊ほか8柱。佐志能神社(染谷)とともに龍神山に鎮座し、ともに闇龗神を祀ることから二社一対の関係とされる。かつては「龍神社」「龍神宮」と呼ばれた。
当社は、江戸時代末期の1862年に火災で社殿と古記を焼失したため、創建年代および近世に至るまでの沿革は不詳。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』には「常陸國 新治郡 佐志能神社 小」と記載があり、当社はその論社とされている。他の論社としては、石岡市村上、石岡市柿岡、笠間市笠間の3つの佐志能神社がある。なお、新治郡の所在を優先すると笠間市笠間の佐志能神社が有力ということになるが、石岡市のある茨城郡は新治郡に隣接していること、石岡市はかつての国府、総社の所在地であることなどから他の3社も否定できないとされてきた。
当社は、JR常磐線・石岡駅の北西5kmの龍神山(南峰)の東麓斜面にある。<常総風土記の丘>の北方1kmぐらいの位置で、アップダウンのある緑豊かな場所。入口付近は砕石会社の敷地のようで、整った林道が伸びている。入口の鳥居を入るとアスファルトの急坂が途中まで続き、途中からは急な石段になる。石段上のわずかな平地に巨大な岩石(磐座)があって、これにへばりつくように社殿が建っている。
今回は大失敗を犯し、アスファルトの急坂が見えたので、ある程度のところまでバイクで行こうと侵入したが、参道が枯葉まみれの上、バイクを停められる平地がなく、バイク転倒リスクを最大化させた後、時間を掛けてバックで後ずさりをする羽目になった。所要時間は30分(たぶん)。寺社仏閣参拝で手抜きをしてはいけないことを再認識することとなった。
今回は、常陸国の式内論社ということで参拝することに。参拝時は週末の午後、自分以外には人っ子一人見かけなかった。
※御朱印は、同じ石岡市内の常陸國總社宮で拝受できる。

境内南側入口の<一の鳥居>。社号標はないが、石岡市の神社紹介看板がある。

大きくてなかなか立派な<石製鳥居>。(道がアスファルトなので、バイクでも行けると判断。そのまま進んでみる...)

坂を少し上がると参道左側にある<手水舎>。手拭いが掛かっているということは、普段から手入れの人が入っているということかな?

けっこう急な上り坂。枯葉が多いとバイクの転倒リスクが上がるので避けたいところだが...

50mか、100mか、急坂を駆け上ったところでこの景色。<二の鳥居>は見えるが、手前は全面枯葉で、平坦で駐車できる場所はない。それどころか、Uターン(転回)できる場所もない...(;゚Д゚)ヤバイ
こんな場所でバイクが転倒したら、誰も助けてくれないので、そのまま来た道をバックで退却。涼しい11月に脂汗やら冷や汗やら、全身汗だくに。

バイクを入口に停め直して、<一の鳥居>から参拝をやり直し...

こちらが<二の鳥居>。

二の鳥居の先の階段は、非常に急で、せめてもの救いが真っ赤な手摺り。

心臓をバクバクさせながら登って行くと、やがて社殿らしきものが見えてくる。

階段を登り切ったところにある<手水盤>。

こちら、社殿の西側面だと思われるが、階段や賽銭小窓もあるのでここから参拝。

当社、社殿が建物1棟だけなのかと思い、社殿の後ろ(北側)上方を見上げると巨大な岩石。これが<磐座>ということかな?

社殿の南側から下方を見下ろした様子。写真だと急には見えないが、実際にはめっちゃ急。

社殿の近くには石碑が二つあり、その一つには<*殿寄*>と書いてある。たぶん社殿の奉納者リスト。最高額が<拾貮圓>と書いてあるので明治時代のもの。

二つ目の石碑には<戦利兵器奉納ノ記>と書いてある。こちらも明治時代のもの。もっと古いものを期待したので肩透かし...(^_^;)

西側から見た<社殿>全景。

社殿そばにあった、かわいらしい燈籠。

帰途に就くため、階段上から眼下を見下ろす。昔の氏子さん達は、この場所に毎日参拝したと思うが、かなりきつかっただろうに...

それにしても、この<枯葉の海>は、一生忘れることはなさそう...(^_^;)
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