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一乗院(開運出世筑波不動尊) のお参りの記録(1回目)
茨城県つくば駅

投稿日:2026年04月18日(土) 07時01分45秒
参拝:2024年3月吉日
茨城県 つくば市 上大島 に境内を構える。真福寺 (筑波不動)、正式名称は 筑波山 一乗院 真福寺 愛宕坊、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼しております、2024.に 北関東不動尊霊場にて参拝致しました、寺院対応は 親切で快く対応して下さりました、また訪れたいと思える寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 筑波山、院号は 一乗院、寺号は 真福寺 愛宕坊、宗旨 宗派は 真言宗 豊山派、ご本尊は 大聖不動明王、北関東三十六不動尊霊場 第三十二番札所 開運出世筑波不動尊、筑波の地は 万葉集以来数多くの歌に詠まれているところである。
江戸の人にとって 関東の名山美峰と言えば筑波と富士であった。その歴史ある風土の中に一乘院はある。
一乘院の開山は法相宗の学僧徳一上人で
寺伝によれば徳一上人は大同二年(807)に筑波山の四方に各一ヶ寺を建立されたという。 その西側に建てられたのが一乘院である。
しかし、当初建てられた場所は現在地より山を2キロメートル近く登ったところであり、真福寺跡と呼ばれ、茨城県の遺跡地図にも載せられており、布目文様の平安期の古瓦などが出土している。 そしてこの古瓦には火災の跡が見られるものがほとんどである。平安時代の山岳寺院であった一乗院真福寺は、何らかの理由により炎上したものと思われる。
その後、一乘院は少しだけ山を下ったところに再建された。現在この地は前峯廃寺跡と呼ばれ、鎌倉、室町の陶器などが出土している。
当初、法相宗で始められた一乗院は山岳信仰である修験道などを加味しつつ、室町時代には真言宗に定まり、京都 醍醐寺 三宝院(門跡寺)の直末となり高い格式を誇ることとなるも、戦国時代末期には兵火にかかり灰燼に帰してしまう。
約八十年の時を経て時は江戸時代となった慶安元年(1648)源範上人が現在地に堂塔伽藍を復興する。 徳川幕府より寺領を安堵され朱印地も賜り、三十八ヶ寺の末寺を有することとなるも、幕末の嘉永六年(1853)またも火災に遭い烏有に帰してしまったが、人々の信仰に支えられ今日に至っている。
尚、明治17年中興より二十世智元僧都の代より豊山派の寺院となっている
一乗院(開運出世筑波不動尊) の御朱印
北関東三十六不動尊霊場 第三十二番札所 開運出世筑波不動尊、御朱印です
一乗院(開運出世筑波不動尊) (茨城県)
一乗院(開運出世筑波不動尊) (茨城県)
一乗院(開運出世筑波不動尊) (茨城県)
一乗院(開運出世筑波不動尊) (茨城県)
一乗院(開運出世筑波不動尊) (茨城県)
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