おとたちばなひめじんじゃ
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弟橘比賣神社について
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歴史
1690年(元禄 3年)水戸光圀公(黄門様)が天妃神社をこの地に建立したことから始まる。この地は、対岸の湊村(現ひたちなか市)と一体であり、東北や北海道と江戸を結ぶ港町として、また、漁業のまちとして栄えいた。当時は海難事故も多く黄門様が海上安全の守り神として、中国や九州などで信仰の厚かった中国生まれの守護神媽祖(マソ)をお祀りしたのが天妃神社である。幕末になると攘夷を唱える斉昭公によって、日本古来の日本武尊を嵐の海で身を投げ打ってお守りした弟橘比賣を祀るよう命ぜられ、弟橘比賣神社となった。地元では今でも天妃様と愛着を持ってお守りしている。
名称 | 弟橘比賣神社 |
---|---|
読み方 | おとたちばなひめじんじゃ |
通称 | 天妃様 |
詳細情報
ご祭神 | 《合》豊御食津大神,《主》弟橘比売命 |
---|---|
創建時代 | 1690年(元禄 3年) |
創始者 | 水戸光圀公 |
ご由緒 | 1690年(元禄 3年)水戸光圀公(黄門様)が天妃神社をこの地に建立したことから始まる。この地は、対岸の湊村(現ひたちなか市)と一体であり、東北や北海道と江戸を結ぶ港町として、また、漁業のまちとして栄えいた。当時は海難事故も多く黄門様が海上安全の守り神として、中国や九州などで信仰の厚かった中国生まれの守護神媽祖(マソ)をお祀りしたのが天妃神社である。幕末になると攘夷を唱える斉昭公によって、日本古来の日本武尊を嵐の海で身を投げ打ってお守りした弟橘比賣を祀るよう命ぜられ、弟橘比賣神社となった。地元では今でも天妃様と愛着を持ってお守りしている。 |
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