いもんじんじゃ(しどりじんじゃ)
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楽しみ方倭文神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年06月17日(水) 22時19分26秒
参拝:2026年5月吉日
但馬国朝来郡の式内社です。全国に点在する倭文神社の分社の一つで、山陰道に特に多くあります。これは織物の生産を職掌としていた倭文氏が秦氏の祖である弓月君の一族と共に大陸からやってきた渡来人とされており、京都に向けて拠点を移して移動してきた跡ともされています。

《鳥居》
朝来市新井にも同名の倭文神社がありますが、こちらが当地へ遷座する前の旧跡であるとされています。
朝来市新井にも同名の倭文神社がありますが、こちらが当地へ遷座する前の旧跡であるとされています。

《記念碑》
表には創建1300年、遷座300年を記念と刻まれており、裏側が記念碑の由緒があります。ちなみに創建が和銅5年(712年)なので300年は重複します。
表には創建1300年、遷座300年を記念と刻まれており、裏側が記念碑の由緒があります。ちなみに創建が和銅5年(712年)なので300年は重複します。

《由緒書き②》
生野町の式内社は当社のみとされています。但馬国はかなり広く朝来郡も結構な郡域を持つので、山東町以外には一つの地域に一社鎮座しています。
生野町の式内社は当社のみとされています。但馬国はかなり広く朝来郡も結構な郡域を持つので、山東町以外には一つの地域に一社鎮座しています。

《手水舎》
蛇口式でした。「嗽水」とは「水で嗽(くちすす)ぐ」という手水の役割をそのまま意味します。洗ひつるここも…(略)
蛇口式でした。「嗽水」とは「水で嗽(くちすす)ぐ」という手水の役割をそのまま意味します。洗ひつるここも…(略)

《境内》

《拝殿》🙏
👁チェックポイント‼️
当社は現在まで聖濡大明神、倭織大明神など複数の別名がありますがその中で「鮭の宮」があります。
これは江戸時代に社殿が大破したことで遷座して再建した際に、現在地のそばを流れる円山川で鮭が遡上してきたことを吉兆であると喜んだ村人たちによって名付けられました。
当社を地図で見ていただくと分かりますが海からは70km近く離れた山間の地域であり、本当に鮭がここまで来たなら大冒険だったはずです。そりゃ村人もびっくりしますよね…
ちなみにらここから北方の朝来市街にはアワビの伝承がある赤淵神社があります。
👁チェックポイント‼️
当社は現在まで聖濡大明神、倭織大明神など複数の別名がありますがその中で「鮭の宮」があります。
これは江戸時代に社殿が大破したことで遷座して再建した際に、現在地のそばを流れる円山川で鮭が遡上してきたことを吉兆であると喜んだ村人たちによって名付けられました。
当社を地図で見ていただくと分かりますが海からは70km近く離れた山間の地域であり、本当に鮭がここまで来たなら大冒険だったはずです。そりゃ村人もびっくりしますよね…
ちなみにらここから北方の朝来市街にはアワビの伝承がある赤淵神社があります。

《秋葉神社》

《神輿庫?》
すてき
投稿者のプロフィール
神祇伯1813投稿
どうも、全国の古い神社に出没するお稲荷さんの下僕です。ブログで参拝した神社の感想上げてます(5/7更新) 御朱印も集めてますが写真は載せない主義なので、戴けたところは順次報告&更新します。もっと読む
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