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こみややくしどう

古宮薬師堂のお参りの記録一覧
兵庫県 播磨町駅

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四季
四季
2026年03月25日(水)570投稿

古宮薬師堂 
木造薬師如来座像 
📍 加古郡播磨町古宮5丁目816-1

寄木造り、像高140cm。台座は裳懸座(もかけざ)様式をとっています。
衣文は簡略化され彫りも浅く、非常に流麗です。
尊顔の一部、右腕、左手、薬壺等には修理の跡がうかがえます。
全体の容姿や技法からみて、
平安時代末期(12世紀頃)の作と推定されています。
播磨町で最も古いものに属し、貴重な仏像です。

三界万霊(さんがいばんれい)」
仏教において、欲界・色界・無色界という三つの迷いの世界に存在する、あらゆる生命あるものの霊魂全体を指す言葉です。この世界を超えたところに悟りの世界があります。
寺院では、これらの精霊を供養するために三界万霊牌や三界万霊塔が祀られています。
 
光明真言三百萬遍
大乗玅典経五部寫供養 
「大般涅槃経」 
紙本墨書五部大乗経(ごぶだいじょうきょう)
南北朝時代の応安7年(1374年)から康歴元年(1379年)にかけて、「観宗」という人が両親の供養のために複数の僧侶に書写させたもので、奈良県黒滝村、京都を経て、16世紀の終わり頃に天竜市の洞泉寺に奉納された。全200巻のうち199巻が現存する点でも貴重なものである。
仏説血盆経石写百三十六巻

〜播磨町郷土資料館より〜
加古郡播磨町大中1丁目1番2号
079-435-5000

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新井開削の父 今里傳兵衛 
新井は、加古川大堰(八幡町中西条)から取水した五ヶ井の水を分けてもらい、池や田に供給しながら播磨町古宮大池までの14km弱を流れる用水路です。
明暦2年(1656年)3月に開通しました。

江戸の初め(慶長・寛永1596年~1644年)は、姫路城などの城の建築が盛んに行われましたが、寛永の大飢きん(寛永19~20(1642~43)年)を境に、干ばつや水害対策、新田開発などの農業政策へと移っていきました。古宮組19か村の大庄屋で古宮村(現播磨町)の庄屋を兼ねていた今里傳兵衛が、姫路藩主榊原忠次に新井開削を願い出たのは、政策転換から10年余りが経った承応3(1654)年のことでした。

開通のお礼に傳兵衛が参上したとき、藩主忠次公はその功績をたたえ、望みを聞きました。その際、「大変な恩恵をいただき、欲しいものなどございません。新溝がいつまでも流れ続けることを心から願っています」と答えています。

傳兵衛は、新井に水が流れてから3年後の万治2(1659)年11月12日(12月25日)に亡くなり、50歳だったといわれています。
今里家の詣墓は、もと秋ヶ池西南の願満寺にありましたが、明治初めに廃寺となり古宮薬師堂へ移されました。傳兵衛の墓は、願満寺では後妻さんと夫婦連記であったようですが、移設時に塔身だけを造り替え、先妻・後妻と三人合祀にしています。

播磨町所縁のお寺
妙照寺(法華宗・加古川市)
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古宮薬師堂(兵庫県)

播磨郷土資料館HPより拝借

薬師如来坐像

古宮薬師堂(兵庫県)
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