高野山真言宗
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松帆山 感應寺
山号 松帆山
宗派 高野山真言宗
御本尊 大日如来
(淡路西国)聖観世音菩薩
札所
淡路西国第十四番
御詠歌
なにごとも祈る心は かのう堂 大悲のちかひ あさからぬかな
元は南あわじ市倭文(しとおり)の松尾山(感應寺山)にあったとされます。(現在修復され、二つの感應寺があります)
創建は、梵鐘銘に「御守護源(細川)成春(中略)文明七年(1475年)、、」とあることから、室町時代中頃まで遡るようですが、詳細は不明です。
当寺は『淡路国名所図絵』では立派な石垣の上で城郭のように描かれており、現在の景観と大きく異なりますが、これは当寺が豊臣築城半ばで廃城となった叶堂城の跡に建てられたためである。
この城が完成せずに廃城となった事実は、同じく『淡路国名所図絵』に、農民の臼ひき歌の一節として「叶應堂の城は緯(よこ)なし機(はた)よ、建(たて)こしらえて織りもせず」と唄われているとの記述が見られます。 永正五年(1508年)火災にあい、古津路村叶堂に移転します。
幾度も移転をくり返してきた感應寺ですが、三原川の河川改修工事でまたもや移転を余儀なくされることになり、寺の基盤となっていた貴重な中世の城郭は慶長五年(1600年)廃城となりました。
中興初代快譽上人が城跡に当寺を再興し、蜂須賀藩主の崇敬を得ました。
現在の寺は昭和59年、三原川改修により約400m上流に移転され、元の場所には叶堂城跡の記念碑だけが残っています。
叶堂城
築城者 石川紀伊守
築城年 文禄4年(1595年)
歴代城主 石川紀伊守
遺構 石垣
叶堂城は文禄4年(1595年)に石川紀伊守によって築かれた城であります。
慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで西軍についた石川紀伊守は敗走。 その後、廃城をむかえます。江戸時代になると蜂須賀公により、感應寺が再建。
南あわじ市 慶野松原🎆第42回花火大会にお参りさせて頂きました。
松帆古津路は三原川周辺より交通規制がかかっていた為、再度日を改めて淡路西国を巡礼させて頂きます。
尚、慶野松原海水浴場周辺には今年より無料の駐車場が準備されました。
兵庫県南あわじ市 松帆古津路180-1
三原川と大日川が合流し、叶堂橋周辺からの眺めは格別です
南あわじ市は 阿波國 蜂須賀家、高野山真言宗(御本尊大日如来)が色濃く素晴らしい地域です
叶堂橋より、四国方向の海🌊
松帆~岩屋辺りの淡路島ポスト
慶野松原海水浴場
名称 | 感應寺 |
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電話番号 | 0799-36-3421 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
詳細情報
宗旨・宗派 | 高野山真言宗 |
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