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臨済宗妙心寺派

臨済寺のお参りの記録一覧
兵庫県 甘地駅

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四季
四季
2023年08月07日(月)568投稿

百丈山 臨済寺 (りんざいじ)

山号  百丈山(ひゃくじょうさん)
宗派  臨済宗妙心寺派
御本尊 聖観世音菩薩立像 (しょうかんぜおんぼさつ)

札所
夢前七福神霊場第5番 大黒天 

縁起
百丈山臨済寺(臨済宗)は、1379(康暦元)年、赤松義則が別峯国師を開山として創建した寺で、禅宗臨済宗が当地方に入った最初とみられます。
国師は1402年(応永9)この寺で遷化し、本堂裏の歴代墓地に墓塔があり、すぐそばに、赤松義則の墓と呼ぶ、同時期の宝篋印塔もあります。
臨済寺本堂は1675年(延宝3)、姫路藩主松平直矩が再建されたものです。

「平成の大合併」によって姫路市へと編入された夢前町。町の北部には県立自然公園になっている標高915mの名峰雪彦山が聳え、鮎狩りで知られる清流夢前川が涼を運ぶなど豊かな自然に囲まれ、雪彦温泉や塩田温泉など、骨休めが出来る癒しの里として多くの人々が訪れる静かな町です。
この町には「西の叡山」とも称される名刹書写山圓教寺のすぐ北に位置する事から天台宗寺院が多く、町の北東部にも真言宗寺院が軒を連ねるなど、寺社仏閣が町の全域にわたって点在しています。
そんな夢前町には、この地域の臨済禅の草分けといわれる寺院が、中東部の新庄地区の山間で法灯を守り続けています。
600年以上の歴史を持つ古刹です。

鎌倉時代から戦国の世にかけて、播磨地方で強大な勢力を保っていた赤松氏。その中でも、建徳2年(1371年)に父、赤松則祐公の死によって家督を継いだ赤松義則公の功績は大きく、元中8年(1391年)に起きた明徳の乱で多大な武功を挙げて将軍・足利義満公より美作国守護職を与えられ、さらには侍所の所司にも任じられて幕政に参加するなど、赤松氏が有力守護大名として勢力拡大を果たしていく上で著しい功績を上げた名将としてその名を天下に知らしめました。
赤松義則公は寺院の建立や再建、財政的バックアップも数多く行っており、この臨済寺も赤松義則公が発願して別峯大朱圓光国師を開山に招き、康暦元年(1379年)に建立されています。この臨済寺の建立が、夢前地域に臨済宗が伝わるきっかけとなったといわれています。

無縫塔
境内にある別峯国師の墓と称する無縫塔は、高さが1.265m 卵形の塔身の高さが33cm、基礎の高さ41cm、竿の高さが23cm、中台の高さが18.5cm、そして請花が11センチメートル。
室町時代の石造美術として形象美をもった石造物です。
鎌倉時代に端を発した石造美術のうち、無縫塔は禅宗の渡来とともに禅家によってつくられた形式で、禅寺の開山や高僧の墓碑として発達しました。
赤松義則は一門の参禅修業の場として、新庄のこの地を求め別峯国師(国師とは天皇の帰依を得た高僧に与えられた禅僧最上の称号)を招いて開山とされました。
別峯国師は応永9年(1402年)臨済寺において死亡。その墓石がこの無縫塔です。

兵庫県姫路市夢前町新庄1468

臨済寺の本殿・本堂

御本堂前の蓮

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