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ふだらくじ|天台宗水尾山(みずおさん)

補陀落寺の御由緒・歴史
兵庫県 播磨新宮駅

ご本尊御本尊 十一面観世音菩薩
脇士  毘沙門天・不動明王
創建時代後天禄二年(971年)
開山・開基性空上人

歴史の写真一覧

補陀落寺の歴史
歴史
複数の由緒書があります 以前は庫裡まで車で上がれたようですが、今は上り口にチェーンがあります ⛔
補陀落寺の歴史
歴史
水尾山  補陀落寺(ふだらくじ) ~隠棲地能登殿屋敷と平教経~  山号  水尾山…
補陀落寺の歴史
歴史
✴隠棲地能登殿屋敷と平教経✴  =北陸特有の被帽地蔵= 平家末期の1184年(寿永3年)、攝津の一の谷で源平の合戦が始まり、平氏の全盛時代を築いた平清盛の甥の能登守教経も出陣してたが、源氏の大将源義経に後方から攻められ負け戦となった。 戦いに敗れた教経は愛馬薄墨に乗って落ち延び、補陀落寺に辿りつき寺の和尚さんにかくまわれた。 その後、補陀落寺の庫裏の前の広場の片隅に教経の住居が作られ、いつしかこの住居は教経の隠棲地の住居ということで、能登殿屋敷と呼ばれるようになった。 教経の家来たちもふもとの村人の助けを得て、村で生活をはじめた。家来たちの中には能登の国より妻子を呼び寄せ村人に溶け込んでいった。なかには、日頃崇拝していた地蔵像を持ってきた者があり、このお地蔵様は帽子をかぶった北陸特有の被帽地蔵で、今も補陀落寺にまつられている。 『夢前の民話』より 北陸能登被帽地蔵 このお地蔵様は頭に帽子を被った北陸特有の被帽地蔵と呼ばれている。

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