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中尾神社ではいただけません
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なかおじんじゃ

中尾神社のお参りの記録(1回目)
兵庫県五社駅

投稿日:2022年05月17日(火)
参拝:2022年5月吉日
2
まるでとてもコンパクトにした伊勢神宮といった感じです。

それもそのはず、下記由緒のとおり、伊勢神宮を模して造営されたそうです。



<ご由緒> ~兵庫県神社庁HPより~

寿永年問(1182~)に伊勢神宮の大麻が諸国に頒布された時、この神宮大麻を納めた樺を一時この地に安置し、村民らが仮殿を設けたのが始まりといわれているが、寛政2年(1461)の創建であるとも伝えられる。

天正年間(1573~)に、羽柴秀吉の三木城攻めの際に兵火にかかり焼失。

永らく石の祠のままで荒廃していたが、文久2年(1862)、前北甚兵衛・森甚七・森清太らが中心となり伊勢神宮に摸した現在の社殿を造営し、戎屋利作が神馬像を奉納。拝殿右横に奉安されている彫刻家芝良空作の神馬像は2代目で、有野郵便局長であった前北三二氏が奉納したもの。

江戸末期まで神社名を「神明社」とするが、文久2年の新社殿建立に伴い「天照皇太神宮」に改称した。しかし、明治6年(1873)に「中尾神社」と改められた。

明治5年の学制発布により、明治6年(1873)には境内に中尾小学校が開設され、近隣5地区(五社・西尾・切畑・掘越・柳谷)の児童がここで学んだ。学舎は廃寺となった西尾寺の建物を解体移築したものであったが、明治8年(1875)有野小学校が開設され、閉鎖。
中尾神社の鳥居
鳥居
中尾神社の建物その他
中尾神社の本殿
拝殿
これより中には入れません
中尾神社の本殿
本殿
中尾神社の歴史
中尾神社の建物その他
神馬
中尾神社の自然

すてき

みんなのコメント2件)

小さくても、神聖なる場所ですね!

2022年05月17日(火)

おしりちゃん
神域にまったく入れないし、中もよく見えないところからして伊勢神宮っぽいです。
写真では伝え切れていないけど、すごく厳かな空気も流れていましたよ。

2022年05月17日(火)
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