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塩田八幡宮のお参りの記録一覧
公式兵庫県 三田本町駅

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きどっち
きどっち
2022年10月03日(月)1509投稿

今年の4月に参拝してから約半年ぶりの参拝。
9月19日、公式にホトカミを始められたとのことで投稿されていたため、再びお参りさせていただこうと思い伺いました。

前回参拝時に、「7月の夏祭万灯祭を見てみたいな」と思っていたのに、気付いたらもうとっくに過ぎてました😅

塩田八幡宮さんは、とにかくまっすぐ伸びた参道とその両脇には広大な田んぼが広がり、参道を歩くだけで清々しい気分になります。
そして階段を上った先に見える社殿は朱色が鮮やかで思わず見惚れてしまいます。

以下、塩田八幡宮HPの御由緒より

『当宮 創始不詳ではあるが 大同年間(810頃)には「大歳神社」と称し  御歳神を奉祀すると古記録に見える
その後 山城国(京都府八幡市)石清水八幡宮より 応神天皇・神功皇后・玉依姫命(比咩大神)の御神霊を勧請合祀され 石清水八幡宮別宮「塩田八幡神社」と称せられた
摂津国塩田庄なるこの地は 鳥羽天皇(1103~56)のころ 后妃女房 美濃局の荘園ともなったが 保元元年(1156)以前には 石清水八幡宮への寄進により 同宮並に宿院極楽寺領荘園となり 神宮寺としての体裁を成した
延元元年(1336)には摂津国守護職赤松範資より社領寄進を得たが 応仁の乱(1467~77)により社殿その他の建造物を焼失
明応8年(1499)に社殿を再興し 享禄元年(1528)には再度石清水八幡宮より御宝体を拝受 奉斎し得た
守護職赤松氏の尊崇は歴代篤く 戦陣に於いては常に当宮を祈願所とし 寺社領のみに留まらず 梵鐘等の寄進も得 更には徳川幕府下 明暦3年(1657)社殿再建時には三田藩主 九鬼隆昌より浄財寄進があり 九鬼家当主代々よりの奉納 寄進が続いたものである
維新回天の業は当宮にも変革をもたらし 従前の神仏習合を改める目的の神仏分離令(1868)により神宮寺が廃される 明治5年(1872)には村社に列し 大正11年(1922)11月郷社に昇格 昭和38年(1963)社名を「塩田八幡宮」と改称して現在に至る』

塩田八幡宮の御朱印

御朱印

塩田八幡宮の鳥居

一の鳥居とまっすぐ伸びた参道

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