ほうこくじんじゃ
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豊国神社 ではいただけません
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豊国神社 のお参りの記録(1回目)
投稿日:2023年05月26日(金)
参拝:2023年3月吉日
【安藝國 古社巡り】
豊国神社(とよくに~/ほうこく~)は、広島県廿日市市宮島町にある神社。嚴島神社の境外末社。祭神は豊臣秀吉霊神、加藤清正霊神。通称は「千畳閣」。ユネスコの世界遺産「厳島神社」の構成資産。国指定の重要文化財。
豊臣秀吉が千部経を読誦するために1587年に発願し、安国寺恵瓊に命じて建立した入母屋造本瓦葺の大経堂(千畳閣)。明治時代の神仏分離令により厳島神社からは分離され、豊臣秀吉霊神を祀る「豊国神社」とされた。社名は豊臣秀吉の神号「豊国大明神」に因む。横に建つ五重塔は、神仏分離令後、塔内の仏像は大願寺に移され、当社の付属建造物となり、厳島神社管理となっている。
当社は、嚴島神社の参拝入口のすぐ先の、山側への階段を登ったところにある。さすが「千畳閣」というだけあって、畳857枚分の広さがあり、建物は非常に大きい。桁行13間(実長約40m)、梁間8間(実長約21m)、入母屋造、本瓦葺。基本的には壁はなく、床は畳敷きではなく板張で、中央奥に須弥壇を設けている。上部にはたくさんの絵馬、扁額が掲げられていて、見て廻るのが非常に楽しい。
今回は、宮島観光の1スポットとして参拝することに。参拝は平日の午後で、宮島を代表する観光スポットであることから、外国人を含め多くの観光客が訪れていた。
厳島神社の参拝入口と反対側にある、当社への階段。
階段を登り切ったところから、「千畳閣」全景。写真中央(西側)に拝観受付があって、靴を脱いで上がる。
1587年建立、桁行正面十三間、背面十五間、梁間八間、一重、入母屋造、本瓦葺。国指定の重要文化財。
1587年建立、桁行正面十三間、背面十五間、梁間八間、一重、入母屋造、本瓦葺。国指定の重要文化財。
上部に掲げられた、たくさんの扁額や絵馬に圧倒される。
まずは北側中央奥にある<本殿>に向かう。
こちらが元須弥壇の<本殿>。まわりには大きな<奉納しゃもじ>がたくさん。
宮島しゃもじは、1800年頃、神泉寺の僧・誓真が弁財天の夢を見て琵琶型の杓子を考案し島民に作らせたという説や、光明院の修行僧が宮島に産業がないため、しゃもじ造りを島民に広めたという説がある。
宮島しゃもじは、1800年頃、神泉寺の僧・誓真が弁財天の夢を見て琵琶型の杓子を考案し島民に作らせたという説や、光明院の修行僧が宮島に産業がないため、しゃもじ造りを島民に広めたという説がある。
本殿前から東方向を望む。床が鏡のように光っていて美しい。
北東部から中央を望む。
千畳閣の東側に建つ<五重塔>。1407年創建、1533年改修、三間五重塔婆、檜皮葺。国指定の重要文化財。
東側で見付けた、上から吊るされた物体。これは方位磁石?(。´・ω・)?
南東部、上から吊るされた小さな梵鐘。
南東部から中央を望む。
上部絵馬の一つ。海での騎馬合戦を描いているのかな。明治18年とある。
上部扁額の一つ。字体が美しかったので。明治32年のものかな。
南側中央から見た<嚴島神社>。一番手前に見えるのは、おそらく国宝<客神社本殿>。
南西部から中央を望む。
北西部にある、船の模型と船の一部。
北西部から見た、フェリー乗り場方向の海。
最後に、あらためて<本殿>。明治の神仏分離令で、須弥壇を本殿に転用して存続させた珍しいパターンにびっくり。 (^▽^)/
すてき
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