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楽しみ方金剛院(沼田成田不動尊)のお参りの記録一覧
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入り口にある石灯籠が見上げる程の大きさ!
です。暫く見上げ写真などを撮りまくっていると、駐車場に次々と車が入ってくる。
今日はお施餓鬼かな?
写真を撮り終わり、さてとお参りに参りましょう。
本堂の中はお檀家さんでいっぱいです。
お参りを済ませると、「中へどうぞ、寄席があります」と誘われまして、、
二時間たっぷり、古今亭文菊、春風亭一花の古典落語を楽しんできました。
聞けば、第205回の金剛院友引寄席の日だったようで、参加者は70名!前回の倍の入場者!だよね(*≧∀≦*)関係ない飛び入りのあたしらも居るんだから、、
二時間後、車の温度計は41℃になっていましたが、落語に夢中になり、暑さもそれ程感じませんでした。
こんな出会いがあるからお参りはやめられない。
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成田山不動院とあるし、弘法大師様をお祀りしてあるので、てっきり真言宗のお寺だと思っていたら、天台宗であった。
北関東三十六不動尊の二番霊場である金剛院は、天台宗の寺院であるが、明治十四(一八八一年、成田山新勝寺から不動明王を迎え、「成田五大尊講」(現沼田成田山金剛講)で大いににぎわったという。現在でも厄よけで知られ、節分には市内、郡内ばかりか前橋・高崎方面からもたくさんの人が参拝、ご祈祷、年男、年女の豆まきが行われる。
そして、このひきうけ地蔵さま。なんと!なんと!
林家木久扇師匠作がデザインしたものなのだ。
色々な発見があり、なんで成田山よー、などと独り言を言っていたら本堂から声をかけられてしまった。
檀家の男性で、今は住職は用事があって出かけているのだが、これから落語の寄席を本堂でするので準備をしているのだとのことであった。
かなり昔の住職が成田山新勝寺に行った時に不動明王を迎えたのだ、ここはあまり他の宗派とか批判しないし、拘らないのだ、とのことであった。
そういう所が、多分、田舎の良さなんだろうな。隣にある須賀神社とは明治維新の時に別当の役割を切られても良い関係だし。
本堂に案内してもらった。写真撮影もOKとの事で。
ここのお寺は、落語家を呼んで寄席を頻繁にしているとのこと。
林家木久扇師匠もいらしたし。
テレビで見かける方の名前が沢山あった。
ついでに、中尾彬さんもよく来られるのだとか。
写真では、ねじりネクタイをしていなかった。
明るい木久扇師匠のデザインした、ひきうけ地蔵さまに、手術して入院している大好きな友の脚の痛みを代わりに引き受けてくださるように。と恢復を祈願するのであった。
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群馬県 沼田市 坊新田町 に境内を構える、海王山 善福寺 金剛院、沼田は近隣に老神温泉や川湯温泉、武尊山などの観光地や、スキー場、キャンプ場、四季を通じて楽しめる地域です、2024.2に参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024に 北関東三十六不動尊霊場にて参拝致しました、群馬県の方々の人の良さなのか県民性の高さなのかは解りませんが、群馬の寺院、神社、道の駅等ムラなく素晴らしい対応で気持ちが良く、また行きたいと想いました、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました。山号は 海王山、寺号は 善福寺、院号は 金剛院、宗旨 宗派は 天台宗、ご本尊は 阿弥陀如来、北関東三十六不動尊霊場 第二番札所 沼田成田不動尊、金剛院は、創建年 応永年間(1394年-1428年)沼田景次による開基、村松の南部・坊新田にその華麗な伽藍を展開している。
参道に続く仁王門をくぐると、正面に落ち着いた趣のある本堂、右手には朱も鮮やかな鐘楼が見える。 池にも立像の水掛け不動があり、諸難に悩む信仰をあつめている。かつて赤城山金剛院と云い現在の昭和村三室にあった。 赤城山の別当職であったこの寺院は、何時の頃か兵火によって炎上してしまった。
明徳・応永年間(1390~1427)三浦沼田氏の沼田五郎景次(太郎上野介景繁の三男)が上洛して出家、 上沼須町に寺院を建立したのが金剛院の開基となっている。影次は京都においては、愛宕山威徳院の別当となっている。この後、一時寺運が衰微したが、寛正年中(1460~65)中興一世宏栄法印の時代に、 沼田氏より愛宕地蔵尊像・寺領・供養料を賜り隆盛。又、沼田氏亡び真田氏時代となってからは、伊豆守信幸より百間四面の地を賜り現在地に移った訳である。(元和元年・1615)しかし、金剛院はこの後数度の火災に悩まされることとなる。 ただしその都度、再建立されているのは歴代住職・檀越の尽力の賜物と言えよう。
現本堂は天明七年(1787)二十世・覚便法印によって建立されたものである。
明治維新前は 上野 東叡山 寛永寺の末寺であったが、維新の際に寛永寺が焼失したため、比叡山 延暦寺の直寺となっている。
そして、明治14年・二十八世亮海法印の代に 成田山 新勝寺より不動明王勧請する。
この後、信者団体である成田講(現沼田成田山金剛講)が結成され現在に至っている

北関東三十六不動尊霊場🌅
今年中に満願しちゃおう企画🈵
題して「ハッスル巡礼36」第20弾‼️は
第ニ番巡礼場の天台宗金剛院へ🙏
御本尊は阿弥陀如来様☀️
もちろん不動明王様もいらっしゃいます☀️
関ヶ原合戦後に沼田藩城主真田信之公により
現在の地に移りました。
戦国時代には当時の住職が上杉謙信公と北条氏康公の
停戦を導き、越相同盟の仲介役を務めたとの事。
とてもすばらですね👏パチパチパチ
今後も後世に語り伝えたいですね。
またまた徳を積む事が出来ました⭕️
本日の徳々ポイントは御朱印料300Pと 平和を
もたらした戦国時代の住職さん🌈
帰りに群馬御城印プロジェクトin沼田の
直江兼続公の武将印を買って帰りました⭕️
あなたの隣にハッスル巡礼🈵
楽しくお参りハッスル巡礼🈵
しあわせ降臨ハッスル巡礼🈵
せ〜の〜
ハッスル🌈ハッスル🌈
御不動様☀️
本日もお導き下さり
ありがとうございました😊


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