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こんごういん

金剛院(沼田成田不動尊)のお参りの記録(1回目)
群馬県沼田駅

投稿日:2026年04月06日(月) 06時02分58秒
参拝:2024年2月吉日
群馬県 沼田市 坊新田町 に境内を構える、海王山 善福寺 金剛院、沼田は近隣に老神温泉や川湯温泉、武尊山などの観光地や、スキー場、キャンプ場、四季を通じて楽しめる地域です、2024.2に参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を巡礼してます、2024に 北関東三十六不動尊霊場にて参拝致しました、群馬県の方々の人の良さなのか県民性の高さなのかは解りませんが、群馬の寺院、神社、道の駅等ムラなく素晴らしい対応で気持ちが良く、また行きたいと想いました、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました。山号は 海王山、寺号は 善福寺、院号は 金剛院、宗旨 宗派は 天台宗、ご本尊は 阿弥陀如来、北関東三十六不動尊霊場 第二番札所 沼田成田不動尊、金剛院は、創建年 応永年間(1394年-1428年)沼田景次による開基、村松の南部・坊新田にその華麗な伽藍を展開している。
参道に続く仁王門をくぐると、正面に落ち着いた趣のある本堂、右手には朱も鮮やかな鐘楼が見える。 池にも立像の水掛け不動があり、諸難に悩む信仰をあつめている。かつて赤城山金剛院と云い現在の昭和村三室にあった。 赤城山の別当職であったこの寺院は、何時の頃か兵火によって炎上してしまった。
明徳・応永年間(1390~1427)三浦沼田氏の沼田五郎景次(太郎上野介景繁の三男)が上洛して出家、 上沼須町に寺院を建立したのが金剛院の開基となっている。影次は京都においては、愛宕山威徳院の別当となっている。この後、一時寺運が衰微したが、寛正年中(1460~65)中興一世宏栄法印の時代に、 沼田氏より愛宕地蔵尊像・寺領・供養料を賜り隆盛。又、沼田氏亡び真田氏時代となってからは、伊豆守信幸より百間四面の地を賜り現在地に移った訳である。(元和元年・1615)しかし、金剛院はこの後数度の火災に悩まされることとなる。 ただしその都度、再建立されているのは歴代住職・檀越の尽力の賜物と言えよう。
現本堂は天明七年(1787)二十世・覚便法印によって建立されたものである。
明治維新前は 上野 東叡山 寛永寺の末寺であったが、維新の際に寛永寺が焼失したため、比叡山 延暦寺の直寺となっている。
そして、明治14年・二十八世亮海法印の代に 成田山 新勝寺より不動明王勧請する。
この後、信者団体である成田講(現沼田成田山金剛講)が結成され現在に至っている
金剛院(沼田成田不動尊)の御朱印
北関東三十六不動尊霊場 第二番札所 沼田成田不動尊
金剛院(沼田成田不動尊)(群馬県)
金剛院(沼田成田不動尊)(群馬県)
金剛院(沼田成田不動尊)(群馬県)
金剛院(沼田成田不動尊)(群馬県)
金剛院(沼田成田不動尊)(群馬県)
金剛院(沼田成田不動尊)(群馬県)
金剛院(沼田成田不動尊)(群馬県)
金剛院(沼田成田不動尊)(群馬県)
金剛院(沼田成田不動尊)(群馬県)
金剛院(沼田成田不動尊)(群馬県)

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