御朱印・神社お寺の検索サイト
楽しみ方編集詳細
2026年04月01日(水) 03時35分 byくし
編集後
こんごうじ
編集後
寛文四年(1664年)慶印和尚によって開山される。 現在の本堂は、昭和四十五年(1970年)の建立。 ―――――――――― 【石造馬頭観音像】 千代田町にある馬頭観音の多くは、文字や梵字彫りだが、この馬頭観音像は頭上に馬をのせ、忿怒の相をしている。 これは観音様の慈悲を示す方便であり、馬頭観音そのものは「一切の魔障を破砕して、大慈大悲の本願を果たす威力を持つ変化観音」といわれ、一般的には牛馬の無病息災や供養の祈願をこめて作られてきた。 ここの馬頭観音像は、像高109センチほどで、貞享元年(1684年)に当時の福島村の人々が、所願成就の願いをこめて造立したもので、町内の馬頭観音像の中では古く美しい刻像である。 (案内板より) ―――――――――― 【首切り地蔵】 この寺には「首切り地蔵」と呼ばれる四基の宝筺印塔がある。 その昔、福島村が飢饉に襲われ、ついに餓死者も出るようになってしまった。 これを見かねた寺の世話人達は、農民達を救済するために、無断で寺の杉の大木を伐採し、売却して金子に変えた。 分け与えられた金子により、村人達は救われたが、これは許されない行為だった。 四人の世話人達は捕縛され、住職をはじめとする人々の必死の嘆願にもかかわらず、打ち首とされてしまった。 嘆き悲しむ村人達は、四人の遺体を貰い受け、懇ろに葬るとともに、そこに四体の宝筺印塔を建てた。 この塔は地蔵の姿はしていないが、村人達は深い感謝を込めて、いまでも「首切り地蔵」と呼んでいるのだそうだ。
編集前
大日如来
編集後
《本尊》大日如来 《堂宇》馬頭観音・大師堂 《諸尊》首切り地蔵(宝篋印塔)
編集後
義民伝説の伝わるお寺 村人を救うために、禁を破って寺の木を切り処刑された、4人の世話人を供養する宝篋印塔がある
編集後
大福山
編集後
寛文四年(1664年)
編集後
慶印和尚