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2026年03月28日(土) 15時53分 byくし

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ご由緒
編集前
赤城神社は篠塚上坪谷西部の、赤城山を遠くに望むにふさわしい小高い土地に祀られていた。
創建年代は定かではないが、江戸時代の古文書にはっきりと記されている。
長良神社が利根川近くに多く祀られているのに対し、邑楽地方では赤城神社は渡良瀬川沿いの地域に祀られており、ここ篠塚に祀られているのは珍しい。
勢多郡三夜沢の赤城本宮を勧請したものであり、大己貴命ほかが祭神となっている。
神仏分離で別当寺の泉福寺から分離して上坪谷の鎮守となる。昭和初期まで宮守がおり、旧暦11月15日の祭日には世話役が年々回り番で宿を勤め、夜は浪曲や祭文語りの芸人を招いて賑わった。
昭和5年、現在地にあった三島神社に合祀される。
合祀後も赤城講の人たちが昭和47年まで赤城山詣りをしていたが、現在は世話人が交代で参詣している。
三島神社も創建年代は定かではないが、静岡県の三島大社より勧請されたもので祭神は事代主ほかである。
赤城神社も三島神社も長柄族が長柄神社と同様に、祖先神として信仰して勧請したことが伺える。
(広報おうらより 一部編集)
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合祀理由については、赤城神社の大己貴命(大黒)と三島神社の事代主命(恵比須)を一緒に祀ろういう動機もあったのではないかと思われる。
祭礼日が11月15日なのもえびす講との関係が伺える。

編集後
赤城神社は篠塚上坪谷西部の、赤城山を遠くに望むにふさわしい小高い土地に祀られていた。
創建年代は定かではないが、江戸時代の古文書にはっきりと記されている。
長良神社が利根川近くに多く祀られているのに対し、邑楽地方では赤城神社は渡良瀬川沿いの地域に祀られており、ここ篠塚に祀られているのは珍しい。
勢多郡三夜沢の赤城本宮を勧請したものであり、大己貴命ほかが祭神となっている。
神仏分離で別当寺の泉福寺から分離して上坪谷の鎮守となる。昭和初期まで宮守がおり、旧暦11月15日の祭日には世話役が年々回り番で宿を勤め、夜は浪曲や祭文語りの芸人を招いて賑わった。
昭和5年、現在地にあった三島神社に合祀される。
合祀後も赤城講の人たちが昭和47年まで赤城山詣りをしていたが、現在は世話人が交代で参詣している。
三島神社も創建年代は定かではないが、静岡県の三島大社より勧請されたもので、祭神は事代主 他である。
赤城神社も三島神社も長柄族が長柄神社と同様に、祖先神として信仰して勧請したことが伺える。
(広報おうらより 一部編集)
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【考察】
合祀理由については、赤城神社の祭神の一柱が大己貴命で、三島神社の祭神の一柱が事代主命のため、神仏分離の際に、大黒・恵比寿に見立てて祀り直そうとしたのではないかと考えられる。
祭礼日が11月15日なのは恵比寿講を意図したものと思われる。
――――――――――
【赤城三島神社の祭祀】
上記の通り、旧暦11月15日に例祭があるが、これとは別に12月中旬に赤城神社講があるという情報もあり。ただ前者が旧暦なので同じ祭りかもしれない。
儀式内容は、講中の各家持ち回りで食べ物を持ち寄り、供物をささげ、食事会をするとのこと。
ご祭神/ご本尊
編集前
《主》赤城神・豊城入彦命・大己貴命
《合》大山祇命・積羽八重事代主神
編集後
《主》大己貴命・赤城神・豊城入彦命
《合》積羽八重事代主神・大山祇命
見所
編集後
上州土着の赤城信仰に、大和から来た長柄氏が持ち込んだ事代主信仰が習合
行事
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旧暦11月15日 例祭
編集後
旧暦11月15日 例祭
12月中旬 赤城神社講祭