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2025年03月16日(日) 22時41分 byくし
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当社八幡宮は譽田別命(ホンダワケノミコト)を祀り、相殿に神明宮を奉斎して渋沼耕地の氏神として古の昔より今日に傳わる氏子信徒等の敬神の念特に深く、郷土先輩篤志家関口義慶二翁並に山崎二平翁等の計らいにて貮反八畝拾五歩の水田を共有地として購入し、神饌田として協同一致良く是を耕作して新殿を奉献し年々祭祀料を蓄積して今日に至る、折節本社改築の議を諮りしに評議一決諸員の協賛を得て遂に二事を執り行い目出度茲に竣工す 昭和二十八年十二月 宮司井上東一撰 (神社由来碑より)
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当社八幡宮は譽田別命(ホンダワケノミコト)を祀り、相殿に神明宮を奉斎して渋沼耕地の氏神として古の昔より今日に傳わる氏子信徒等の敬神の念特に深く、郷土先輩篤志家関口義慶二翁並に山崎二平翁等の計らいにて貮反八畝拾五歩の水田を共有地として購入し、神饌田として協同一致良く是を耕作して新殿を奉献し年々祭祀料を蓄積して今日に至る、折節本社改築の議を諮りしに評議一決諸員の協賛を得て遂に二事を執り行い目出度茲に竣工す 昭和二十八年十二月 宮司井上東一撰 (神社由来碑より) この渋沼は小さい集落にも関わらず、石打字渋沼と藤川字渋沼という二つの大字に別れており、石打の鎮守は砂田稲荷と阿弥陀堂。藤川の鎮守は八幡宮と観音堂と、信仰区分もやや複雑となっているらしい。 「渋沼」の地名は、鉄分を多く含んだシブ色(赤錆色)河川や沼、あるいは水捌けの悪い沼沢地に由来するそうで、少ない居住地や耕地を巡る相剋があったのではないかと偲ばれる。
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渋沼耕地の氏神。 道路脇に立つ八幡宮と神明宮の合祀社。
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道路脇に立つ八幡宮と神明宮の合祀社。 渋沼耕地の氏神。渋沼集落のうち大字藤川の鎮守様。