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2026年03月29日(日) 04時53分 byくし
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真言宗
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かつて狸塚には高源寺の他に、蓮蔵院という真言宗寺院があり、高源寺は高台にあったので上の寺、蓮蔵院は下の寺と呼ばれていた。 蓮蔵院が故あって廃寺になってしまった後、高源寺の檀家の人々が、蓮蔵院の阿弥陀堂と阿弥陀如来だけを残し、建物をはじめ仏像仏具一式を高源寺に運び移してしまったという。 その後、わずか八畳と四畳に台所という阿弥陀堂は空き家となっていたが、どこからか来た中山吉兵衛という子供のない夫婦者が住み着いた。この夫婦は飴屋を営んでおり、十九夜様のお祭りの時など子供たちが競ってこの飴を買ってなめていたという。 その後も幾人かの人が阿弥陀堂に入れ替わり住んでいたが、最後に住んだ酒飲みの人が、こともあろうに阿弥陀様を酒代にして売ってしまい、阿弥陀堂も昭和30年の4~5月頃に取り壊されてしまったという。 現在は墓地と、十九夜様・二十三夜様の如意輪観音だけが残っている。 ―――――――――― 【狸塚の地名由来】 この阿弥陀堂にも狸塚の地名起源説話の一つが伝わっていた。 ある時、狸塚の家々の雨戸を叩くものが現れた。しかし家の人が外に出てみても誰もいない。 これはきっとタヌキのイタズラだろうということになり、村の若い衆たちが申し合わせて待ち伏せをするすることにした。すると狸が出てきて尻尾で雨戸を叩いているではないか。 若い衆たちが一斉に飛びかかると、狸はとっさに阿弥陀堂の中に逃げ込んだ。若者たちが追いかけて御堂に入ると・・・ なんと本尊の阿弥陀様が二体に増えているではないか。よほど化けるのが上手い狸なのか、二体はそっくりでどちらが本物か見分けがつかない。 若者たちは煙で狸をいぶり出すことにした。そのうち煙たさに耐えられなくなった狸がむせびだしたので、どっと押し寄せて「こん畜生!」と、狸を袋叩きにして殺してしまった。 しかし、後に村人は狸の祟りを恐れ、高台に埋め、「ムジナ大権現」と書いた墓標を建て、ねんごろに供養した。 この高台を村人は狸塚と呼ぶようになり、これが地名になったという。 ――――――――――― ※残念ながら、もっとも興味深いムジナ大権現の場所は特定できず。すでに現存していないのかもしれない。
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《諸尊》如意輪観音(十九夜様・二十二夜様)
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《諸尊》如意輪観音(十九夜様・二十三夜様)
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蓮蔵院
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不詳 江戸時代頃
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不詳