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2026年03月29日(日) 14時43分 byくし

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ご由緒
編集前
高源寺と国道354号線を挟んだ向かい側にある、JA邑楽館林 あぐり西邑楽店の西北隅にある小さな石祠。
「狸塚」の地名縁起説話は、高源寺の守鶴和尚のようにやはりタヌキに纏わるものが多いが、この石宮にはタヌキとは全く関係がない説話も伝わっている。
昔、狸塚には、足利から上五箇の渡を通って武蔵の国に通じる街道があった。
ある年、京の都から旅をしてきた貴人が狸塚に差し掛かったが、長旅で疲れはてて倒れてしまった。
村人は気の毒に思い丁寧に介抱したが、旅人の病気はよくならず、ついには亡くなってしまった。
村人は村の高台に立派な塚を作って埋葬し、貴い人の塚なので「貴の塚(むちのつか)」と呼んだ。 「貴(むち)」とは、神や貴い人を敬って呼ぶ古代の名詞であるという。
やがて「むちのつか」が訛って「むちなつか」となり、最後は「むぢなづか」となった。
やがて村人は、その人を貴ノ宮(木ノ宮)という神として高源寺の一番高い所に祀った。
現代になり、国道354号線の開削で、貴ノ宮は現在の場所に移されたのだという。
編集後
高源寺と国道354号線を挟んだ向かい側にある、JA邑楽館林 あぐり西邑楽店の西北隅にある小さな石祠。
「狸塚」の地名縁起説話は、高源寺の守鶴和尚のようにやはりタヌキに纏わるものが多いが、この石宮にはタヌキとは全く関係がない説話も伝わっている。
昔、狸塚には、足利から上五箇の渡を通って武蔵の国に通じる街道があった。
ある年、京の都から旅をしてきた貴人が狸塚に差し掛かったが、長旅で疲れはてて倒れてしまった。
村人は気の毒に思い丁寧に介抱したが、旅人の病気はよくならず、ついには亡くなってしまった。
村人は村の高台に立派な塚を作って埋葬し、貴い人の塚なので「貴の塚(むちのつか)」と呼んだ。 「貴(むち)」とは、神や貴い人を敬って呼ぶ古代の名詞であるという(例として大己貴命(おおなむち)等) やがて「むちのつか」が訛って「むちなつか」となり、最後は「むぢなづか」となった。
やがて村人は、その人を貴ノ宮(木ノ宮)という神として高源寺の一番高い所に祀った。
現代になり、国道354号線の開削で、貴ノ宮は現在の場所に移されたのだという。