御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

こうみょうじ

光明寺のお参りの記録(1回目)
群馬県東小泉駅

投稿日:2026年05月18日(月) 06時24分23秒
参拝:2026年5月吉日
【合祀を拒んだ石打の神々】番外編

社氏稲荷神社で、邑楽町石打地区の既知の神社は全て詣でました⛩️🙏
ではお寺はどうか?と調べてみたのですが、石打ではあまり仏教は流行らなかったのか、それともこぶ観音明言寺の威光が強すぎるのか、明言寺の他には端の方にある邑楽七福神の慶徳寺があるだけで、単独御堂すら見つからない💫
・・・そういえば、田舎にはだいたいある路傍のお地蔵さんや馬頭様、庚申塔なども全く見当たらなかったな💧 これも石打の信仰の特殊性😳❓️
そんな中、唯一見つかったのが八王子神社の近くのこの小さな無住寺で、ここを石打巡拝の〆とすることにしました。

ここは、南北朝~戦国時代に松本古墳群の中にあった石打城の守り寺として建てられたそうで、だいたいの創建年代と由緒はわかっているのですが、本尊がわからない😖💫

由緒にも一応載せましたが、おうらの広報に光明寺の本尊に関する話が出てきて一瞬おおっ💡😆と思ったのですが、これが読み進めていくうちになぜか内容が社氏稲荷神社の本尊の話にすり変わってしまっている。。。( °д°)ポカーン
まぁ、どうもこれは古老の聞き語りをそのまま載せたものらしいので👴💧・・・仕方ないね😅w

石打城の話に出てくる貝吹山や首塚も、名前だけは出てくるものの、具体的にどの古墳に相当するかは書かれておらず。
貝吹山は「一番高い山」となってるので、たぶん城の物見になってた松本3号墳こと八王子神社ではないかと⛰️⛩️
首塚は不明・・・まぁこちらは知らない方が良いのかもしれんけど👻💀😰w
光明寺(群馬県)
石打城の地図
光明寺は城の東端付近にあったらしい
光明寺(群馬県)
お寺の境内よりかなり南側で、古い参道入口を偶然見つける💡
参道を通って行こうかと思いましたが、現在では民家の庭先を掠めてるので、左の車道から行くことにしました😅
光明寺(群馬県)
Web上に情報がほとんどない寺で、当初は山号・院号も不明だったのですが、なんとか現地で知ることができた💨
光明寺(群馬県)
境内に到着🚲️
左の木立は松本5号墳⛰️
光明寺(群馬県)
石打には石仏や庚申塔がほとんどなかったのですがさすがに寺の境内にはありました
それでも他の地域のお寺に比べると非常に少ないような気がする・・・
光明寺(群馬県)
庚申信仰、地蔵信仰、月待ち、馬頭様・・・そういった民間信仰は石打ではほぼ流行らなかったらしい💫
守護神が身近すぎて他の信仰など不要だったのか・・・仏教はこぶ観音だけで事足りてたのか・・・はたまた廃仏毀釈が激しかったとか💦
光明寺(群馬県)
数は少ない代わりに、片膝立てた珍しいお地蔵なんかがあったり💡
光明寺(群馬県)
右の石碑は磨耗して読めず💫
・・・というか削り取られたんじゃないかこれ?
横の建立年だけは妙にハッキリしてるし💧
光明寺(群馬県)
境内南西角にある松本5号墳には小さな弁天様が祀られています
光明寺(群馬県)
古い石祠と新しく建てられたらしい名号のみの弁天様
光明寺(群馬県)
こんな小さな弁天様なのに、なぜか注連縄で大がかりな生鳥居が作られてたり・・・
もしかしたら5号墳が例の首塚で、これで結界張ってるとか⁉️👻💀😱💦
光明寺(群馬県)
5号墳の横に薬師堂
光明寺(群馬県)
道内はすりガラスで見えず😖
光明寺(群馬県)
境内右側に大きな石材がゴロゴロしてました
石打城の残骸か? それとも消失した古墳の葺き石だったとか?
本堂が比較的新しいので、もしかしたら旧本堂の残骸なのかも
光明寺(群馬県)
本堂
雨戸が閉じられてて本尊の目視確認はできず😫
光明寺(群馬県)
自然石の素朴な五輪塔が一つ
光明寺(群馬県)
このお寺の本尊はわからないので、社氏稲荷神社の本尊発見の逸話を描きましたw

すてき

みんなのコメント0件)

ログインしてください

ログイン無料登録すると、投稿へコメントできます。

ホトカミ見ました! で広がるご縁

ホトカミを見てお参りされた際は、
もし話す機会があれば住職さんに、「ホトカミ見てお参りしました!」とお伝えください。
住職さんも、ホトカミを通じてお参りされる方がいるんだなぁと、ホトカミ無料公式登録して、情報を発信しようという気持ちになるかもしれませんし、
「ホトカミ見ました!」きっかけで豊かな会話が生まれたら、ホトカミ運営の私たちも嬉しいです。
光明寺の投稿をもっと見る1件
コメント
お問い合わせ
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!