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吉祥寺のお参りの記録(1回目)
群馬県細谷駅

投稿日:2026年06月02日(火) 19時07分55秒
参拝:2024年4月吉日
群馬県 太田市 下浜田町 に境内を構える、米珠山 多聞院 吉祥寺、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を巡礼しております、群馬県の方々の人の良さなのか県民性の高さなのかは解りませんが、群馬の寺院、神社、道の駅等ムラなく素晴らしい対応で気持ちが良く、また行きたいと想いました、2024.に 東上州三十三観音 関東八十八ヶ所霊場で参拝致しました、2024.に 関東八十八ヶ所霊場で参拝致しました、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 米珠山、院号は多聞院、寺号は吉祥寺、宗旨 宗派は 高野山 真言宗、ご本尊は 不動明王、関東八十八ヶ所霊場 第十二番札所、新四国88カ所霊場 第八十四番札所、東上州三十三観音札所 第十五番札所、
松島観音堂、吉祥寺の開創は鎌倉時代中期の建治年中(1275-1278)まで溯ります。開山は叡範であります。第九世勝代の代である室町時代の宝徳年間(1449-1452)頃の火災により、この間の記録は未詳である。
江戸時代中期の安永四年(1775年)に第二十六世祐意が再建した記録が残っています。この頃は潅頂(かんじょう)を開壇し。道場としての機能をはたしていたようである。また、私塾として本堂を利用し、高山彦九郎(たかやま ひこくろう、江戸時代後期の尊皇思想家。林子平・蒲生君平と共に、「寛政の三奇人」の一人。「奇」は「優れた」という意味。)もこの塾に通っていたという。明治時代には現在の太田市立沢野小学校に統合された。現在の本堂は、平成二年(1990年)三月、檀信徒の浄財により鉄筋コンクリート造りにて新築落慶しました。本尊の不動明王は、山城の国(現 京都府)大仏師法橋運良作で、元禄時代のものである。蛇川の畔にある飛地境内には、天明元年(1781年)に僧・仙龍創建の観音堂があります。通称「松島観音堂」とも「松島観音」とも呼ばれています。
「観音縁起」によると「阿部貞任(あべ の さだとう、安倍氏の棟梁で、奥六郡を支配する俘囚長・安倍頼時の第2子)の一族、松島美濃守入道貞俊一族の菩提を弔わんがため、家に伝わりし聖徳太子御作の馬頭観音を背負いて諸国巡礼、遂に新田庄八瀬川の辺りに堂宇を建て、ここに終わると。」とあり、故郷の松島を彷彿とさせる景地があったので感激して堂を建立して観音像を安置したと云います
吉祥寺(群馬県)
吉祥寺の御朱印
関東八十八ヶ所霊場 第十二番札所、不動明王、御朱印です
吉祥寺(群馬県)
吉祥寺(群馬県)
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