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浄運寺ではいただけません
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浄運寺のお参りの記録(1回目)
群馬県桐生駅

投稿日:2019年10月02日(水)
参拝:2019年9月吉日
開山 玉念上人は天正7年(1579年)に織田信長公に召され、安土浄厳院で宗論を闘わして勝利し、直々に扇を賜った高僧。開かれた当時の名は哀愍寺。広沢町後谷にあった。
○安土問答の記録「安土宗論」が当山に残され、市指定重要文化財。
○開基 堀越家は後谷に住し、本尊阿弥陀如来像も同家の寄進。5~600年を経た古仏と伝えられている。
○1580年頃、広沢から対岸の新宿村へ移転、寺名を浄運寺と改める。
○慶長年間、桐生新町づくりが始まり、北に天満宮、南に浄運寺が誘致される。
○1624年、3世角呑上人、江戸増上寺に2代将軍秀忠公の法要に随喜。この時の布施金を基に本堂を建立(99坪)。1646年鐘楼堂建立。1650年頃、5世月宮上人が3代将軍家光公の法要に随喜。布施五十貫文を基に現在の庫裡の中心部分を建つ。又この頃御朱印十一石四斗を賜はる。
○1690年頃、古河領主本多氏の帰依を受け観音堂建立。平安時代の作と伝わる聖観音像を奉安する。今も子安観音と呼ばれ親しまれている。(桐生市仏教会)
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