しまなじんじゃ
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楽しみ方島名神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年05月13日(火) 21時30分10秒
参拝:2025年5月吉日
『上野国神名帳』にて群馬東郡鎮座の「従四位 嶋名明神」として記載のある古社です。高崎市内には島名神社が2社ありこちらは元島名町であり、もう一つの方は島野町となっており、こちらから移動したかのような地名になっています。

《境内入り口》
駐車場はないですが、中で車は止められます。
駐車場はないですが、中で車は止められます。

《鳥居》

《将軍塚古墳》
古墳として発見されたのは明治であり、古墳は四世紀後半ごろのものであるとされており群馬県内でも最も古い古墳とされているようです。
古墳として発見されたのは明治であり、古墳は四世紀後半ごろのものであるとされており群馬県内でも最も古い古墳とされているようです。

《表参道》

《由緒書き》
当社が記載されている『上野国神名帳』は上野総社神社の御神体とされているもの、貫前神社所蔵、伴信友所蔵の3種類の異本があり、貫前神社、伴信友の方には「従四位上」と少し位が細かくなります。
当社が記載されている『上野国神名帳』は上野総社神社の御神体とされているもの、貫前神社所蔵、伴信友所蔵の3種類の異本があり、貫前神社、伴信友の方には「従四位上」と少し位が細かくなります。

《記念碑》
「神社合併記念碑」とあります。明治の神社合祀制度のものでしょうか。
「神社合併記念碑」とあります。明治の神社合祀制度のものでしょうか。

《拝殿》🙏
👁チェックポイント‼️
御祭神は彦狭嶋王という方で、初代上野国造として当地を開拓したとされています。この方は『古事記』には彦狭嶋命、『日本書紀』では日子寝間命と表記されて表れますが、系譜としては第七代孝霊天皇の皇子または豊城入彦命の孫ということで微妙に異なっています。ただし、上野国造であったことは共通しており、当地に由来の深い人物を祀っていることは間違いありません。
👁チェックポイント‼️
御祭神は彦狭嶋王という方で、初代上野国造として当地を開拓したとされています。この方は『古事記』には彦狭嶋命、『日本書紀』では日子寝間命と表記されて表れますが、系譜としては第七代孝霊天皇の皇子または豊城入彦命の孫ということで微妙に異なっています。ただし、上野国造であったことは共通しており、当地に由来の深い人物を祀っていることは間違いありません。

《境内》
ちなみにこの古墳の被葬者については具体的には判明しておらず、可能性としては御祭神である彦狭嶋命さまか、父君の豊城入彦命さまと考えられているそうです。
ちなみにこの古墳の被葬者については具体的には判明しておらず、可能性としては御祭神である彦狭嶋命さまか、父君の豊城入彦命さまと考えられているそうです。

《榊》

《本殿》

《末社》
唯一の末社です。
唯一の末社です。
すてき
投稿者のプロフィール

神祇伯1701投稿
どうも、全国の古い神社に出没するお稲荷さんの下僕です。ブログで参拝した神社の感想上げてます(9/7更新) 御朱印も集めてますが写真は載せない主義なので、戴けたところは順次報告&更新します。もっと読む
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