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総社神社より少し南にちょっと印象的な名前のお寺が・・・さらに調べてみたところ、なにぃ!聖徳太子の乳母が祀られてるだと!?( ; ロ)゚ ゚
古代伝承が残る寺社とか絶対行きたいんすけど(*゚∀゚)=3 ということでここに決定☆
聖徳太子の乳母は玉照姫という人で、聖徳太子から一寸八尺の釈迦尊像を守仏として授けられ敬信していました。
ところがこの玉照姫の夫の中臣羽鳥連という人は物部氏に加担したため、物部守屋が蘇我馬子に滅ぼされた時に夫婦ともども上野国に流罪にされてしまいます。
(中臣氏は祭祀氏族なので崇仏派の蘇我氏と敵対し、廃仏派の物部氏と同盟したと思われる)
そして百年ほど経った天武天皇の時代、大赦が行わることになり、中臣羽鳥連は勅赦を受けるため孫の中臣羊太夫を都に遣わします。
上洛の途中、大和国で羊太夫は定恵和尚という僧に出会い玉照姫と釈迦尊仏の由来を話し、これに感じ入った定恵和尚は羊太夫帰国の時に上野国に同行し、この釈迦尊仏を本尊としてこのお寺を開山。
この羊太夫、グンマーから秩父辺りの伝承にしばしば出てくる謎の人物で、羊の御朱印で有名な安中市の羊神社の祭神になってたり、日本で最初に秩父の和銅を発見し朝廷に献上したのもこの人らしい。
多胡碑にも名前が出てくるのでそれなりに実在性もあるっぽい。
ちなみに羊なんて当時の日本にいたのかいな?('_'?)と調べてみたところ・・・
鳥取県出土の弥生時代の琴に羊か山羊らしい動物が描かれてた例があるそうですが、例の魏志倭人伝には日本に羊はいなかったと書かれてるらしい。
まさに聖徳太子の時代にあたる推古朝に、百済から羊二頭が献上されたと日本書紀に書かれてるのが文献上最古らしいですが、あくまで珍獣扱い。
やはりモフモフが日本の高温多湿の気候に合わず家畜としては定着しなかったようです。
そんな日本にそぐわぬ「羊」の名を持つ人物が古代に出てくるため、やはり大陸とか渡来人、とくに遊牧民との繋がりを連想させるらしく、ゾロアスター教やらネストリウス派キリスト教やら日ユ同祖論といった、ムー的というか香ばしいとうか・・・いやw 胸熱になれる説もたくさん出て来ましたwww
受印はできず。
奥さまに聞いたところ、御住職が3人いるそうなのですが、なんとこの日は全員葬儀や法事で不在!Σ(´□`;)
どんだけ仏縁がねーんだよ・・・w (ノ∀`)
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