さきょういなりじんじゃ
石鳥居は文政13年(1830)に信州高遠(現在の長野県伊那市高遠町)の石工が製作したもので社殿には天保2年(1831)に正三位源重成謹が書いたとされる「正一位稲荷大明神」の額が掲げられています。社殿は一間社流造、銅板葺き、外壁は稲荷神社らしく朱色で彩られています。鳥居の前には複数の「左京稲荷」を記した提灯がぶら下げられ、信仰の篤さが窺えます。
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