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2023年05月18日(木) 16時52分 byダイコン
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【 由来と移設 】 昔、絹谷の奥深くに青滝があり、幽境の中で美しい瀑布を見せていました。 古来の観音堂はその滝を受ける青堤の近くに祀られていました。 しかし、明治3年(1870年)1月28日に山火事が発生し、観音堂は危機に直面しました。 そのため、地元の人々は御本尊の千手観音を手に乗せて逃れ、諏訪作という地に移されました。 この御尊像はいわきの歴史を紐解く彫刻様式を持っていました。 【 御尊像の状態 】 御尊像はカヤ材で一木造りの手法が残されており、像高は137.5cmです。 台座や光背は失われ、頭の上の別木の化仏も一部残っていますが、腕や手は多くが像からはずれています。 特に胴から下部にかけては荒々しい彫刻目が残されており、鉈彫りの跡とも見られます。 また、豊かな頬と細く長い眉などの顔の形状は優れており、藤原末の様式を思わせます。 容姿や彫刻手法から推測すると、鎌倉時代の作と考えられています。 石森観音や堂の作観音と同じくカヤの木から彫られたという伝承がありますが、石森観音の像は炭状化しており、外見からは正確な評価ができません。 【 現状と御開帳 】 観音堂は区長管理ですが、昔から「青瀧観音様を見ると目がつぶれる」と言われており、地元では堂内の格子戸と厨子の扉の双方に厳重な錠をかけ、御尊像が市の文化財に指定されたため、御開帳を行っていません。 直接御尊像を拝んだ人は少ないとされています。
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磐城三十三観音霊場第25番札所(青瀧観音)
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磐城三十三観音霊場第25番札所(青瀧観音)※御朱印は区長宅で