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2023年05月18日(木) 17時04分 byダイコン
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【 御開帳と御尊像の特徴 】 古来の姿をよく保っており、草深い観音堂という印象の強い第24番札所は、過去60年間正式な御開帳が行われていなかった。 地元に生まれ住む方々も、御本尊を拝んだことがなかった。 しかし、昭和54年(年)8月17日の夕刻、木村区長の発起により、寿蔵寺(上片寄)の住職である和田純孝師が導師となり、御開帳が行われ、地元の方々と共に御尊像を拝むことができた。 御尊像は像高約1m20cmほどの白木の一木造りの立像です(両手が欠けているため、その部分は不明)。 胸元あたりに鉈彫り様の刻み跡が残り、右半身が火難に遭った痕跡で表面が炭状になっています。 目は墨で書かれたものですが、像容から受ける慈悲の相に感銘を受け、手を合わせる人々に等しく訴えかけます。 【 由来と考察 】 伝承によると、かつて観音堂の建っている場所から約400m奥の鍋石地内に別のお堂があり、そこから御本尊を背負ってきたが、背負った人が身動きできなくなり、ここにまつったとされています。 堂内には13枚の棟札があり、読める文字の中でもっとも古いものは貞享元年(1684年)のものですが、すべてが「修覆」という文字が書かれており、そのうちの一枚には「観音寺」と書かれています。 考えられるのは、貞享元年(1684年)以前に鍋石に建っていた観音寺が焼失し、村人たちは決死の思いで御尊像を火災から救い出し、現在の「堂の作」まで背負ってきた可能性があるでしょう。 そして、一時的に別の場所に安置し、村人たちの寄進によって現在のお堂が建てられたのではないかと考えられます。 頭部に螺髪があるため如来に似ていますが、地元では聖観音と伝えられて来ました。