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2023年05月22日(月) 10時51分 byダイコン
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【 社名について 】 子鍬倉(こくわくら)という社名は、日本全国で唯一のものです。 旧県社として稲倉魂命を祀り、衣食住の神として尊崇されています。 「子」は、養蚕の盛んな時代に蚕を“お子さん”と呼んだことから衣を意味し、「鍬」は農具であり食を意味し、「倉」は物品出納の場所である住を意味しています。 このように、当社名は「衣食住」を象徴し、神徳を表現した尊い名前です。 【 創建と由緒 】 当社は古く、平安時代の大同元年(806年)に創建されたと伝えられています。 また「延喜式」の神名帳に当神社の名前が記載され、由緒ある神社である「式内社」と呼ばれ、磐城七社の一つとされました。 かつては磐城四郡の総鎮守と称され、平城三社の一つとしても、歴代の平城主から厚い尊崇を受けていました。 【 江戸期の調査と復興 】 当初、当社は古来から平桜町(現在の磐城桜ヶ丘高内)に鎮座していましたが、慶長7年(1602年)には平城主の鳥居忠政が平城を築く際、社地を収めるために当社が荒廃してしまいました。 その後、磐城平藩主の内藤義概(1619-1685)の調査において、平桜町(現在の磐城桜が丘高内)の稲荷の小社の周囲から勾玉などが出土しました。 これをもって子鍬倉神社として比定され、復興に際して現在の揚土に社殿を造営したと伝えられています。 稲荷大明神とも称され、子鍬倉稲荷神社とも呼ばれる所以です。 【 県社の第一号 】 明治6年3月に全国的に社格制度が実施され、その際、磐前県は当神社を県社の第一号に指定しました。 これにより、氏子民は地方神社の最高峰として、敬意を持って神社に参拝し、現在でも「県社」という愛称で親しまれています。
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【 社名について 】 子鍬倉(こくわくら)という社名は、日本全国で唯一のものです。 旧県社として稲倉魂命を祀り、衣食住の神として尊崇されています。 「子」は、養蚕の盛んな時代に蚕を“お子さん”と呼んだことから衣を意味し、「鍬」は農具であり食を意味し、「倉」は物品出納の場所である住を意味しています。 このように、当社名は「衣食住」を象徴し、神徳を表現した尊い名前です。 【 創建と由緒 】 当社は古く、平安時代の大同元年(806年)に創建されたと伝えられています。 また「延喜式」の神名帳に当神社の名前が記載され、由緒ある神社である「式内社」と呼ばれ、磐城七社の一つとされました。 かつては磐城四郡の総鎮守と称され、平城三社の一つとしても、歴代の平城主から厚い尊崇を受けていました。 【 江戸期の調査と復興 】 慶長7年(1602年)、鳥居忠政が磐城平城を築くにあたり当社の社地を収めたため、荒廃してしまいました。 その後、磐城平藩主の内藤義概(1619-1685)の調査において、平桜町(現在の磐城桜が丘高内)の稲荷の小社の周囲から勾玉などが出土しました。 これをもって子鍬倉神社として比定され、復興に際して現在の揚土に社殿を造営したと伝えられています。 稲荷大明神とも称され、子鍬倉稲荷神社とも呼ばれる所以です。 【 県社の第一号 】 明治6年3月に全国的に社格制度が実施され、その際、磐前県は当神社を県社の第一号に指定しました。 これにより、氏子民は地方神社の最高峰として、敬意を持って神社に参拝し、現在でも「県社」という愛称で親しまれています。