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2023年05月22日(月) 10時17分 byダイコン
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【御社名と創建】 当社は「子鍬倉(こくわくら)」という社名で、旧県社として稲倉魂命を祀り、衣食住の神として尊崇されています。 この社名は、日本全国で唯一のものであり、「子」は「蚕」を意味し、地域においては蚕を大切にし「子」とは衣食を代表する言葉であり、「鍬」は農具を意味して食を代表し、「倉」は物品出納の場所である住を意味しています。 この社名は、「衣食住」を象徴する名前であり、神徳を表現した尊い名前とされています。 【創建と由緒】 当社は古く、平安時代の大同元年(806年)に第51代平城天皇によって創建されたと伝えられています。 また、第60代醍醐天皇の時代には「延喜式」の神名帳に当神社の名前が記載され、由緒ある古い神社として「式内社」と呼ばれ、磐城七社の一つとされました。 かつては磐城四郡の総鎮守と称され、平城三社の一つとしても、歴代の平城主から厚い尊崇を受けていました。 【県社としての地位】 明治6年3月に全国的に社格制度が実施され、その際、磐前県は当神社を県社の第一号に指定しました。 これにより、氏子民は地方神社の最高峰として、敬意を持って神社に参拝し、現在でも「県社」という愛称で親しまれています。 【遷座の経緯】 当初、当社は古来から平桜町(現在の磐城桜ヶ丘高内)に鎮座していましたが、慶長7年(1602年)には平城主の鳥居忠政が平城を築く際、社地を収めるために当社が荒廃してしまいました。 その後、元和年間には平城主の内藤公が神を敬い、その荒廃を嘆いたため、現在の揚土台に当社を遷座したと伝えられています。
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9:00-16:30
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有
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有(20台)
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大同元年(806年)