あづまやぬまじんじゃ
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【陸奥国式内百座】
所在地:福島県福島市飯坂町平野字明神脇1
主祭神:少名彦那神、大巳貴命(大国主命)、素戔嗚命、日本武尊
社 格:式内社(名神大)、旧郷社のち村社
創 建:不詳
由 緒
由緒書によれば創建は不詳。平安時代中期の『延喜式神名帳』には「陸奥国信夫郡 東屋沼神社 名神大」と記載され、信夫郡に鎮座する延喜式内社五座(東屋沼神社、東屋国神社、白和瀬神社、黒沼神社、鹿島神社)の中で名神大社とされているほか、国の行事儀式「名神祭」が行われていた。
明治維新前は、福島市内を流れる摺上川と松川の間にある余目地区二十余郷内に鎮座する神社の総社とされていた。
創建当初は吾妻山の雷沼付近に社殿が鎮座していたが、山麓の大笹生地区の木落山(御林山)に遷座し、その後現在の鎮座地へと再遷座したという。往古は様々な名称が東屋沼神社につけられていた。主な名称として以下のものがある。
「七的大明神」
大笹生地区へ遷座時には、神社にある木に7つの的をかけて弓の練習をしたことから。
「七松大明神」
神社にあった7本の松に蛇がいて、ネズミを駆除してくれることから、この蛇を神の使いとして崇めたことから。
「東屋治神社」
安永10年(1781年)、「神の御加護で東国の経営(東屋)が治まる」という意味を込めて。
その後明治2年に、現在の「東屋沼神社」の社名に戻した。境内にある資料館には、「七的大明神」「七松大明神」「東屋治神社」と呼ばれていた頃の棟札や扁額・写真などが残されている。
明治4年に、近代社格制度において郷社に列し、明治8年に村社となった。現在は、主に五穀豊穣・災難消除・火伏の神として信仰されている。
(Wikipediaより)

飯坂八幡神社から戻る途中で寄り、参拝させていただきました。
社務所のカーテンが閉まっていたので御朱印はまた次回に。
「専用の駐車場はないけど敷地内に駐車可能」とこのサイトの情報欄に書いてあったので、それらしいところに駐車。
鳥居のところで掃除をしていたおじいさんに「そこに停めても大丈夫ですか?」と尋ね、「大丈夫だぁ」なんてやりとりをし…。参拝を終えて、帰る際におじいさんに一言挨拶しようと思ったんですが、いなくなっていました。
もしかしたら私とこの神社の縁を繋ぐ、神様の遣いだったのではないでしょうか。……いやいや、本当は掃除を終えて帰っただけでしょうが(笑)、そう思った方が旅も御縁も面白いじゃないですか。


#東屋沼神社
ご祭神はスサノウの命、オオナムチの命、スクナヒコナの命、ヤマトタケルの尊。
#日本武尊
ケルト神話の有名なエピソードに、リールの子どもたちというのがある。
海の神リールと妻イーヴとの間に、双子のフィノーラとイード、翌年さらに双子のフィアクラとコーンが生まれた。だがこれが難産で、イーヴはフィアクラたちと引き換えに命を落とした。
リールはイーヴの妹エヴァを後妻に迎えた。
リールはもちろん、エヴァも当初はフィノーラらを可愛がった。だがエヴァは徐々に4人が憎らしくなってきて、ある日、彼らに呪いをかけその姿を白鳥に変えた。
900年もの間、冷たい湖や海岸で時を過ごした後、呪いが解けて4人は元の姿へ戻った。同時に寄る年波が一気に押し寄せ、命が尽きるすんでのところで洗礼を受け、魂だけは天国へ迎えられたと。
実父か継母かという違いはあれど、ヤマトタケルの尊もフィノーラも、親の愛を受けられなかった点は同じだ。
アンデルセンの醜いアヒルの子に代表されるように、人間の物語の中だと白鳥は、決まって親から疎んじられる運命にあるようだ。
子育てのしかたは鳥類の中でも驚くほど違う。
ツバメやペンギンは泣けてくるくらい自己犠牲的であるが、カッコウなんかは他の鳥の巣に自分の卵を置いていって、子育てを完全に人任せにするらしい。
白鳥はどうかというと……、意外と普通に育てるようだ。
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