しらわせじんじゃ
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楽しみ方白和瀬神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年02月05日(木) 00時55分14秒
参拝:2026年2月吉日
【陸奥国式内百座】
所在地:福島県福島市大笹生字折戸41
主祭神:
社 格:
創 建:大化元年(645)
由 緒
延喜年中(901~923)、日本の有名神社を選定、全国で3132社が定められ、陸奥(東北)に100座が指定されたとき、この信夫の郷(伊達郡は後に信夫より別れる)に5社が定められました。その折、白和瀬神社は陸奥延喜式内100座の内、信夫五社上宮と定められました。
白和瀬神社は大化元年(645)、現在地より北西2キロの標高475メートルの烏帽子ヶ岳山頂に鎮座されました。 天生年中(1580年代)に参拝者の利便を図り、現在の折戸の地に社殿を設け遷座されて今日に至ります。折戸が、居都とも呼ばれた地だったため、居都の明神とも呼ばれました。 現在もなお旧鎮座地の烏帽子ヶ岳には奥の宮が祀られております。4月の例大祭の前日に参拝する習慣があり、一般の方も多数訪れます。烏帽子ヶ岳山頂からは福島市が一望できる絶景です。 現在地には元来,現白和瀬神社末社「車松神社」(安産の神)が祀られてあった土地であると共に、烏帽子ヶ岳を源流とする八反田川の川岸の高所で、背後に奥の宮が望見される所です。 白和瀬の名は、信達一統志によると、万葉集下総の歌人の家持が歌集に、 「早田ト作レリ愚案ズルニ 白淡川ノ水上ニ鎮座ス神ナレバ白淡瀬ナルベシ アハノアハヲ約シテ白和瀬ト唱ヘ来リシナム」 とあり、又、白早稲とは稲からでたという説もあります。
神古代、5,7世紀に「しらわせ」という稲の品種があったかは不明ですが、八反田川の水によって稲が豊作であったことは何よりの「しあわせ」の限りで、その神恩恵に感謝して祭祀されたのが白和瀬神社です。
所在地:福島県福島市大笹生字折戸41
主祭神:
社 格:
創 建:大化元年(645)
由 緒
延喜年中(901~923)、日本の有名神社を選定、全国で3132社が定められ、陸奥(東北)に100座が指定されたとき、この信夫の郷(伊達郡は後に信夫より別れる)に5社が定められました。その折、白和瀬神社は陸奥延喜式内100座の内、信夫五社上宮と定められました。
白和瀬神社は大化元年(645)、現在地より北西2キロの標高475メートルの烏帽子ヶ岳山頂に鎮座されました。 天生年中(1580年代)に参拝者の利便を図り、現在の折戸の地に社殿を設け遷座されて今日に至ります。折戸が、居都とも呼ばれた地だったため、居都の明神とも呼ばれました。 現在もなお旧鎮座地の烏帽子ヶ岳には奥の宮が祀られております。4月の例大祭の前日に参拝する習慣があり、一般の方も多数訪れます。烏帽子ヶ岳山頂からは福島市が一望できる絶景です。 現在地には元来,現白和瀬神社末社「車松神社」(安産の神)が祀られてあった土地であると共に、烏帽子ヶ岳を源流とする八反田川の川岸の高所で、背後に奥の宮が望見される所です。 白和瀬の名は、信達一統志によると、万葉集下総の歌人の家持が歌集に、 「早田ト作レリ愚案ズルニ 白淡川ノ水上ニ鎮座ス神ナレバ白淡瀬ナルベシ アハノアハヲ約シテ白和瀬ト唱ヘ来リシナム」 とあり、又、白早稲とは稲からでたという説もあります。
神古代、5,7世紀に「しらわせ」という稲の品種があったかは不明ですが、八反田川の水によって稲が豊作であったことは何よりの「しあわせ」の限りで、その神恩恵に感謝して祭祀されたのが白和瀬神社です。
すてき
投稿者のプロフィール

Kou1149投稿
2011年東日本大震災を切っ掛けに寺社参拝を始めました。これまで900余の寺社を参拝させていただき、拝受した御朱印も気付けば1300枚超。日本史にも関心があり、寺社参拝がライフワークの一部になり...もっと読む
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