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Gauche Ingalls
2024年02月08日(木)730投稿
#劔神社
主祭神はスサノオの大神。配祀神にケヒの大神、オシクマの王。
#忍熊王
古事記・日本書紀とも忍熊王。第14代・仲哀天皇と妃オオナカツヒメの命の子。
古事記によれば、神功皇后が九州でホンダワケの尊、つまり後の応神天皇を産んだと知ると、オシクマの王は異母弟を亡き者にしようと兵を挙げた。
だが、アマテラス大神や住吉三神を別にしても、勇猛なタケフルクマの命に老獪なタケノウチノスクネの命が付いていた神功皇后が相手では、分が悪すぎた。オシクマの王は不意打ちに遭って敗れ、最後は「カイツブリのように琵琶湖に潜って、さあ死のう」と和歌を詠んで入水した。
だがここ劔神社によれば、彼はこの戦いでは死なず、越前へ逃げ延びたという。失意のどん底だっただろうに、賊に苦しめられる人々を見捨てられず、討伐に乗り出した。精魂尽き果てそうになるも、スサノオの大神の神助を得て辛くも勝利。しばらくの間は民と共に暮らし、この地の開発に身を捧げた。それでも結局、短命に終わったようで、彼を慕う人々がスサノオの大神にオシクマの王を配祀したと。
皇位を争った時はまだ幼かったためか、HPには応神天皇も彼を敬慕していたとある。現在は応神天皇も、摂社の織田神社で祀っている。

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