真宗大谷派
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楽しみ方吉崎御坊 願慶寺のお参りの記録一覧
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to_sun
2025年07月24日(木)696投稿
【吉崎御坊(よしざきごぼう)】
~百寺巡礼:五木寛之氏が選んだ百の名刹 第18番~
吉崎御坊は、本願寺第8世のリーダーとして日本に念仏の教えを広げていった蓮如が、石川県との境に近い福井県あわら市、北潟湖に突きでた台地に建てた寺。蓮如は、浄土真宗の開祖である親鸞の念仏の教えを広く伝えようとされた。彼は、43歳で本願寺第8世を継ぎ、51歳で本願寺を破壊されて近江に逃れる。さらに、近江の各地を転々としながら、1471(文明3)年の7月、吉崎に赴いている。吉崎には4年4ヶ月いただけで、退去。その後、京都の山科に移って、山科本願寺を建立し、そこを息子に譲ると、大阪に石山御坊を築いている。石山御坊(石山本願寺)は、戦国時代に大きな勢力を誇ったが、すべて焼失し、跡地付近には大阪城が建てられている。
蓮如はふたたび吉崎に戻ることなく1499(明応8)年に没している。蓮如が亡くなってから7年後、吉崎御坊も朝倉氏によって破壊されてしまう。以後、この台地の上に御坊が再建されることはなかった。
御坊跡に向かう階段の西側に浄土真宗本願寺派の別院(西御坊)が、東側に真宗大谷派の別院(東御坊)が置かれている。
~『百寺巡礼 第二巻 北陸』五木寛之(講談社、2003)~
15世紀の後半、吉崎に幻の宗教都市が忽然として現れ、そして消え失せる。その跡がいま「吉崎御坊跡」として史跡に指定されています。「吉崎御坊跡」を訪ねました。
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