ひかわ
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楽しみ方簸川神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2025年07月14日(月) 16時10分21秒
参拝:2025年7月吉日
本日、初めての無人?の神社。拝殿内に書き置きの御朱印が用意されています。
それにしても、かなりの確立で立派な神馬像がありました。後に参拝する木田神社同様尾張のの津島神社を勧請したのが始まりで、 素盞嗚尊を祀っています。同上江尾主祭神とする神社は大きく津島神社系と八坂神社系の二つに分かれるようですが、当神社は二社が入り混じっているようです。安土桃山時代には福井城の三の丸にあたる場所に遷座。当時は北庄城はまだ築城されていなかったが、おそらく現在の柴田神社付近と考えらえれます。現在の地に遷座したのは明治になってからです。神社巡りをしていると、やたらと神社は遷座を繰り返している印象を受けます。自然災害の場合もありますが、時の権力者の都合も大きくあったと思われます。社名の簸川神社は漢字が違うが関東人にとっては馴染みの神社です。この漢字のひかわ神社は関東でもあまり見かけません。以前聞いたところ、同じ感じでは畏れ多いとのことでしたが、こちらの社名の由来は不明です。直、こちら以外にも福井には同名の神社があります。
社務所は無人でしたが、事前情報通り拝殿内に買い置きの御朱印が用意されていましたので、有難く拝受いたしました。
それにしても、かなりの確立で立派な神馬像がありました。後に参拝する木田神社同様尾張のの津島神社を勧請したのが始まりで、 素盞嗚尊を祀っています。同上江尾主祭神とする神社は大きく津島神社系と八坂神社系の二つに分かれるようですが、当神社は二社が入り混じっているようです。安土桃山時代には福井城の三の丸にあたる場所に遷座。当時は北庄城はまだ築城されていなかったが、おそらく現在の柴田神社付近と考えらえれます。現在の地に遷座したのは明治になってからです。神社巡りをしていると、やたらと神社は遷座を繰り返している印象を受けます。自然災害の場合もありますが、時の権力者の都合も大きくあったと思われます。社名の簸川神社は漢字が違うが関東人にとっては馴染みの神社です。この漢字のひかわ神社は関東でもあまり見かけません。以前聞いたところ、同じ感じでは畏れ多いとのことでしたが、こちらの社名の由来は不明です。直、こちら以外にも福井には同名の神社があります。
社務所は無人でしたが、事前情報通り拝殿内に買い置きの御朱印が用意されていましたので、有難く拝受いたしました。

昭和二十七年(1952)奉納の正面鳥居


参道

手水舎

手水鉢

大正十二年(1923)奉納の燈籠


狛犬


拝殿

拝殿内



本殿

昭和五十九年(1984)奉納の境内社鳥居


境内社 稲荷神社?

社号標

裏参道?鳥居 こちらの鳥居の方が立派でしたが、手水舎が近くにないところからすると、後からできた参道だと思われます。


由緒書

神馬像

明治七年(1874)奉納の燈籠


皇紀二千六百年奉納の燈籠

すてき
投稿者のプロフィール

サンダー2383投稿
2020年2月に九州旅行の折に熊本城へ行き、復興のつもりで始めました。そんな中、コロナウィルスが流行し100日参りをして病気平癒を願って参拝していましたが、さすがに外出できず途中で断念。 落ち...もっと読む
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