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楽しみ方綱敷天満神社のお参りの記録一覧

先に投稿した綱敷天満神社から徒歩約7分ほどのところにある同名の神社です
こちらが元祖というか、元宮にあたります
こちらは古天神と呼ばれています
神仏習合の時代に、別当寺であった国分寺との間に魚を神饌として供えたことで諍いが起こり7年もの間祭祀が行えない状況に陥ったそうです
そこで今治藩領であった古天神から松山藩領へ新たに分社し、新天神として現在の隆盛を誇っているということです
しかし古天神のほうも規模は新天神に遠く及ばないものの境内は整備されておりけっして廃れているわけではありません
こちらの境内にも梅の木が多く植えられており、花ぞ昔の香に匂いけるといった風情です



比較的新しくみえる狛犬
子どもの狛犬が組み敷かれていますね(^_^;)

こちらの足元にあるのは鞠で安心

境内社のようですが詳細不明です

屋根がある狛犬は珍しいですね





手水舎
使われてはいないようです

社殿

衝立が見事です

本殿

今治市に2社ある綱敷天満神社の一つで、菅原道真公が大宰府へ向かう途中に嵐に遭い、伊予国へ漂着した逸話を持ちます。その際に地元の住民が船を停める艫綱を丸く敷いて即席の円座を作ったのが社名の由来となっています。

《一の鳥居》
広く見えますが住宅街の中にあります。

《表参道》
その中でも境内は広く、表参道もかなり長いです。

《手水舎》
水は貯まっていませんでした。

《しし

《拝殿》🙏
社殿はどちらかというとお寺っぽさがありますね。

《扁額》
拝殿上にある扁額には、読みにくいですが「古天神」と書かれています。ちなみに6丁目(ほぼ隣)にある綱敷天満神社は「新天神」と呼ばれています。

《本殿》
一間社流造です。

《式年祭記念の碑と由緒書き》
👁チェックポイント‼️
実はこの天満宮は神仏習合時代に国分寺が別当として祭りに参列してましたが、その際、僧侶が内部の扉を開けたらボラがお供えされていたそうです。
しかし、僧侶からすると天満大自在天神さまは本地仏では観音さまで、魚を供えるのはいけないと注意します。

《社務所》
しかしそれに対し氏子さん方は「いつもやっている」と猛反論!どちらも譲らない論争が続いてついに祭りができなくなる事態になります。そこで氏子さんの一部が藩が違う場所なら国分寺の影響を受けないと考え分社して新しく神社を建てました。これが6丁目の綱敷天満神社で「新天神」と呼ばれています。

《境内》
境内がこれだけ広いということはそれだけ神社自体は大きく力もあったことが窺えますし、新天神は県社に列格しているので崇敬も篤かったことがわかりますね。
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