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くわなじんじゃ

桑名神社の編集履歴
2021年07月17日(土)
愛媛県 大浦駅

Kazuさんのプロフィール画像
Kazu
2021年07月17日 20時36分

緯度

33.9960861

編集前:33.99606669654823

経度

132.6399401

編集前:132.63993211296693

ふりがな

くわなじんじゃ

ご由緒

旧村社 粟井馬頭山鎮座、市杵島姫命・保職神を祭り大祭は10月第2日曜日である。慶田今者に鷺の社がある。社伝によると歌崎の網の浦に古くから来名戸神(交通神)が祭られていたところへ、延暦23((804)年6月厳島宮から市杵島姫命を勧請したのが創始とされている。
 平安初期に中島が牧場に認められた後、守護神として馬頭神を合祀し、粟井大明神と称した。長治元(1104)年今の地に移した。忽那開発 記によると、地頭藤原兼平が社殿を造営し、馬頭明神を武の神とし、地名を馬頭山と命名し、神像を奉納して馬頭大明神宮と改号した。
 南北朝時代の中島争奪戦、また天正13(1585)年7月の兵乱など数度の消失にあった。現存の棟札には寿永2年の写しがある。元禄12(1699)年8月粟井村庄屋栗原善兵衛・畑村庄屋浜田嘉右門らが願主になって社殿を再建したこと、文政4(1821)年10月庄屋栗原が願主となって現在に拝殿・釣殿・中殿を改築したことを物語る数枚の棟札が保存されている。
 本殿は慶応元(1865)年8月庄屋栗原幸右衛門が大願主となり、氏子一同が力を合わせて再建した総欅造りのものである。その彫刻は喜多郡新谷の住人亀太郎という彫刻師と、大浦村大工長七との合作であり、立派な総かご彫りで、神社彫刻としては県下随一といわれる。
 秘法馬頭大明神神像は藤原兼平奉納と伝えられ、神仏習合の馬頭観音である。全国的に見てめずらしい神像である。河野氏奉納の天の岩戸開きの絵馬、安永2(1773)年8月当時の俳人たちの発句が松山城下から奉納されている。
 粟井村は室町時代から海運業が盛んとなり大坂・泉州・兵庫・備後・安芸・土佐・日向などの問屋から奉納されたものが多数みうけられ、特に江戸時代の和船の絵馬、貴重な文化財である。拝殿前の狛犬は享和2(1802)年今治藩の船多数が粟井沖に出漁中、大暴風雨にあい当社へ救助の祈願をなしたところ、霊験があらわれ、全船無事に大泊港に避難できた。その礼として翌3年8月今治組頭板屋弥次右衛門をはじめ全漁船から寄進した旨が刻せられている。真社の鷺の社は諸願成就の信仰が厚い。
 境内には鬱蒼たる千数百本のウバメガシの群生林がある。また南ふもとに樹齢680年のカヤの神木があり、県下最大のものである。明治4年12月馬頭大明神を当村発祥の地桑名にちなみ桑名神社と改号した。昭和40年社殿の大修理を行った。

電話番号

089-997-0132

行事

10月第2日曜日 例祭

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