かまがやだいぶつ
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楽しみ方鎌ケ谷大仏のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年04月26日(日) 13時09分16秒
参拝:2026年4月吉日
鎌ヶ谷寺社巡り、2ヶ所は鎌ヶ谷大仏。道野辺八幡宮から電車利用だと乗り換えが発生するなど煩わしいので、直接徒歩で向かう事にしました。住宅街の中を歩き、途中車通りの多い道を2本横切り、30分ほど歩く。鎌ヶ谷大仏駅の近く、木下街道沿いに位置しています。この墓地は近くの延命寺(駅を挟んで反対側)が管理する飛地との事。
安永5年(1776年)に鎌ケ谷宿の住人大国屋(福田)文右衛門が、祖先の冥福を祈る為、江戸神田の鋳物師多州主膳に鋳造させた高さ1.8メートルの青銅製の露座の釈迦如来仏。通称鎌ヶ谷大仏。この大仏の開眼にあたっては、上記福田文右衛宅より大仏墓地に至るまでの約3町(約327メートル)にわたる道路ー面に琉球表を敷き詰め、僧侶50余名、道中音曲に合わせてねり供養をした。当時の鎌ヶ谷宿の繁栄ぶりを窺わせる。
(鎌ケ谷市教育委員会)
予想以上にコンパクトな大仏様でしたが、柔和な表情で存在感ありました。昔は木下街道を往来する旅人、今も駅を利用して通勤通学する人達を見守っておられるのですね。
安永5年(1776年)に鎌ケ谷宿の住人大国屋(福田)文右衛門が、祖先の冥福を祈る為、江戸神田の鋳物師多州主膳に鋳造させた高さ1.8メートルの青銅製の露座の釈迦如来仏。通称鎌ヶ谷大仏。この大仏の開眼にあたっては、上記福田文右衛宅より大仏墓地に至るまでの約3町(約327メートル)にわたる道路ー面に琉球表を敷き詰め、僧侶50余名、道中音曲に合わせてねり供養をした。当時の鎌ヶ谷宿の繁栄ぶりを窺わせる。
(鎌ケ谷市教育委員会)
予想以上にコンパクトな大仏様でしたが、柔和な表情で存在感ありました。昔は木下街道を往来する旅人、今も駅を利用して通勤通学する人達を見守っておられるのですね。
すてき
投稿者のプロフィール

くろぶつ139投稿
千葉県在住、男性。 若い頃から歴史好きで、旅先や近場のお出掛けの際にはその土地の神社仏閣にお参りするのが楽しみでした。その他では古城や城下町・武家屋敷巡りなど。 しかし、名城巡りのスタンプ帳や...もっと読む
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